日本広告写真家協会(APA)元会長、2020年時点で同協会の顧問を勤める[1]。
1954年 日本広告美術学校でグラフィックデザインを学び、外資系企業デザイナーとなる。1956年 ファッション系報道より広告写真に移行し、フリーランスとなる。1960年 映像全般の制作会社ニシミヤ・クリエイト設立。
1993年 武蔵野美術大学映像学科非常勤講師。2004年 中国映画協会 放送映画コンテンツコンクール審査委員長を務める。
1960年代から、モノクローム・フィルムの増感現像による粗粒子表現に魅せられる。印画紙にプリントされたフィルムの粒子、その存在の豊かさや美しさにを生かした写真作品を制作する。
また90年代後半から1億5千万画素というスキャナー式のハイエンド・デジタルカメラを使いはじめて、その表現の可能性に気づく[2]。
デジタルカメラで複写してプリントアウトした時の、フィルムのざらざらの粒子のシャープさ、大きく拡大した時のフォルムの個性を生かし、デジタルカメラでの生活を本格的に開始し、多くの作品を残した。