西山古墳
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| 西山古墳 | |
|---|---|
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墳丘全景(左に前方部、右奥に後方部) | |
| 所在地 | 奈良県天理市杣之内町 |
| 位置 | 北緯34度35分33秒 東経135度50分36秒 / 北緯34.59250度 東経135.84333度座標: 北緯34度35分33秒 東経135度50分36秒 / 北緯34.59250度 東経135.84333度 |
| 形状 | 前方後方墳 |
| 規模 | 全長190m 高さ16m |
| 埋葬施設 | 竪穴式石室 |
| 出土品 | 鏡・石鏃・鉄製刀剣類の破片、管玉、埴輪ほか |
| 築造時期 | 古墳時代前期 |
| 被葬者 | (一説)物部氏一族 |
| 史跡 | 国の史跡(1927年4月8日指定) |
| 地図 | |
西山古墳(にしやまこふん)は、奈良県天理市杣之内(そまのうち)町の天理高等学校の敷地内にある古墳で、1927年(昭和2年)国の史跡に指定[1]されている。別称はナガリヤマ(勾山[まがりやま])。
規模・形状

国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成
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墳丘は前方部を西に向けた3段構築の前方後方墳で、全長約190メートル、後円部の幅94メートル 高さ16メートル、前方部の幅72メートル。
下段が前方後方形で、中段から上は前方後円形となる特殊な墳形をもつ。下段の後方部は一辺90メートルの正方形で、これに同じ長さの前方部が付いている。中段は前方後円型をしていて、後円丘径72メートル、前方丘全長90メートル。墳頂部は径30メートルが平坦で、前方部方向に7メートル下がって細長い前方部が続き、前方部先端はくびれ部より2メートル高く主軸に直交する横長形となっている。後方部高さは南側で15メートルで、前方部の高さも南側で10メートル。 後方部頂上が盗掘されている。その時の記録から竪穴式石室であったと推定されている。 緩やかな傾斜地に立地し、三本の尾根の中央部を墳丘に、北と南の尾根を外堤として、自然地形を有効に利用しているため濠幅は一定しないが、全長200メートル以上の双方中方墳とも考えられる。濠は現在埋め立てられているが、階段状の方形の濠[4]が巡らされていたと考えられる。現状では前方後方形の墳丘と見られるが、地形改変が進んでいることなどを考慮して、双方中方墳の可能性もある[5]。
これは日本にある前方後方墳の中でもっとも規模の大きいものである。墳丘は1段目のみが前方後方墳の形で、その上に前方後円墳が乗るというきわめて特異な形をしており、当初からこの形であったことは間違いないとみられている[2]。
副葬品・出土品
後方部からは、銅鏡片、碧玉製鏃、管玉、鉄剣・鉄刀片が出土している。前方部南側濠内から碧玉製車輪石1が検出されている。傾斜斜面には葺き石が、埴輪片がみられ、円筒埴輪、鰭付(ひれつき)円筒埴輪、家形埴輪が見つかっている。
現状
墳丘の保存状態は良く、樹木が生えていないため段築をはっきりと観察することができる。
アクセス
天理駅より徒歩約20分。天理大学附属天理参考館の南約500メートル、天理中学校すぐ北。