西嶋 (身延町)
山梨県南巨摩郡身延町の地名
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地理
歴史
元亀2年(1571年)に西嶋出身の望月清兵衛翁が当地を伊豆国三方郡立野村(現在の静岡県伊豆市)を訪れて和紙の一種である三椏紙の製法を学び、それを基に西嶋でも作り完成品を武田信玄に献上したことから和紙造りが本格的に始まったとする伝承がある。それが当地の特産品である西嶋和紙であり、現在でも製造されている[4]。
また、西嶋は駿州往還の鰍沢河岸から南へ伸びてきたルートと対岸にある岩間宿から「岩崎の渡し」と呼ばれた渡し船で渡るルートが合流する地点であり、[5]西嶋地区も宿場が設けられ西島宿(にしじましゅく)として栄えた。なお、「岩崎の渡し」のルートがあった場所は現在峡南橋が架けられている。
1889年(明治22年)の町村制執行により扇状地一帯は南巨摩郡西島村となり戦後まで存続したが、1954年(昭和29年)に大須成村・静川村・曙村と合併し中富町となり、住所表記も「南巨摩郡中富町西嶋」と島に山部がついたものに変更されている。その後平成の大合併で「南巨摩郡身延町西嶋」となり、現在に至る。
世帯数と人口
交通
施設
- 身延町立西島小学校
- 日本郵便西嶋郵便局
- なかとみ和紙の里
- 富士川カントリークラブ
- 西島諏訪神社
- 若宮八幡神社
- 青原院
- 栄宝寺