伊豆市
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| いずし 伊豆市 | |||||
|---|---|---|---|---|---|
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| 国 |
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| 地方 | 中部地方、東海地方 | ||||
| 都道府県 | 静岡県 | ||||
| 市町村コード | 22222-4 | ||||
| 法人番号 | 3000020222224 | ||||
| 面積 |
363.97km2 | ||||
| 総人口 |
25,424人 [編集] (推計人口、2026年3月1日) | ||||
| 人口密度 | 69.9人/km2 | ||||
| 隣接自治体 | 沼津市、伊東市、伊豆の国市、賀茂郡東伊豆町、河津町、西伊豆町 | ||||
| 市の木 | クヌギ | ||||
| 市の花 | ワサビ | ||||
| 市の鳥 | キジ | ||||
| 伊豆市役所 | |||||
| 市長 | 菊地豊 | ||||
| 所在地 |
〒410-2413 静岡県伊豆市小立野38番地の2 北緯34度58分36秒 東経138度56分49秒 / 北緯34.97653度 東経138.94681度座標: 北緯34度58分36秒 東経138度56分49秒 / 北緯34.97653度 東経138.94681度 | ||||
| 外部リンク | 公式ウェブサイト | ||||
| ウィキプロジェクト | |||||
地理
最奥の山塊が天城山。その右前が天子火山。
市域の多くが、伊豆半島のおよそ標高500〜1,000メートル (m) 級の分水嶺に囲まれる。そのために市域は分水嶺内側の狩野川水系上流域を占める内陸部と、駿河湾に接する海岸部の二つに大別される。この二つの地域間には標高約570 mの船原峠があり、移動において地域住民の地理的・心理的障壁となっており、生活圏の境界にもなっている[3]。海岸部は内陸部に比べ、暖流である黒潮の影響で幾分か温暖である[4]。 今後発生が予見されている南海トラフ巨大地震の際には、市内の海岸に最大8mの津波が到達することが予想されている[5]。
市域はかつて火山島であった伊豆半島にあるため、火山活動に由来する地形が残る。先述の市域を囲む分水嶺の山稜も大型火山が侵食されて形成されたもので、内陸側のすそ野には大型火山の名残の比較的緩やかな山並みが続く地域もあり、北部域ではゴルフ場や別荘地、テーマパークとして利用されている。これら大型火山の活動はすでに終えているが、半島西部の伊豆東部火山群は現在も活動中であり、それら単成火山が造りだした地形も市内に多く存在するが認知度は低い。
気候は一般的に温暖な地域と認識されている伊豆半島であっても、天城山近くの山間部では積雪のある年も珍しくない。この天城山では年間降水量が4,000ミリメートル (mm) を超えることもある多雨地帯である[6]。
広袤(こうぼう)
国土地理院の全国都道府県市区町村別面積調によると、伊豆市の面積は363.97平方キロメートル (km2) である[7]。
国土地理院によると[8][9]伊豆市の東西南北それぞれの端は以下の位置。北端は巣雲山の北北西約1キロメートル (km) 、東端は冷川峠の北北東約4 km、南端は天城峠の西約1 km、西端は恋人岬である。また、2010年国勢調査結果に基く人口重心[10]は大平にある。
主な地形
歴史・出来事
古代
- 弥生時代
- 終末期:修善寺柏久保遺跡で集落が営まれる。
- 古墳時代
- 中伊豆梅木横穴群が造営される。
飛鳥時代から平安時代まで
- 680年:駿河国二郡が分離され、伊豆国が誕生する。
- 701年:大宝律令発布に伴う国郡里制施行により、伊豆国に田方・那賀・賀茂の3郡が置かれる。
- 715年:郷里制施行により里が郷へと改められ、郷の下に新たに2~3の里が置かれる。田方郡内における郷は平城京跡出土荷札木簡により棄妾、有雑(有参)、久寝などの郷が確認されている[14][15][16]。
- 930年頃:『和名類聚抄』において新居、小河、直見、佐婆、鏡作、茨城、依馬、八邦、狩野、天野、吉妾(棄妾)、有辨(有雑・有参)、久寝の13郷が確認。このうち狩野郷が伊豆市内に比定されている。
- 1050年頃:工藤維景、伊豆国狩野荘に移住し狩野を名乗る。
- 1075年頃:狩野維職、伊豆押領使を務める。
- 1100年頃:狩野氏、狩野城を築く。
- 1170年頃:狩野茂光、大見家秀、大見実政ら伊豆大島にて源為朝を征伐する。
- 1176年:工藤祐経、大見成家・八幡行氏に命じて伊東祐親を襲撃、結果祐親の子河津祐泰を討つ(→曾我兄弟の仇討ちの発端となる)。
- 1180年頃:田代信綱、治承・寿永の乱における功績から狩野荘田代郷の地頭に補任される。
- 時期不明:中伊豆大見城、柏久保城、田代砦、土肥高谷城、丸山城が築かれる。
鎌倉時代から室町時代まで
- 1193年:源範頼、源頼朝により伊豆配流。狩野宗茂・宇佐美祐茂が連行。
- 1203年:鎌倉幕府第2代将軍源頼家が修禅寺に幽閉される。
- 1204年:幽閉中であった頼家が暗殺される。
- 1210年:北条政子、頼家の七回忌にあたり仏師実慶をして「木造大日如来坐像」を造る。国有形文化財に指定[17]。
- 1353年:畠山国清、関東管領となり鎌倉公方足利基氏を補佐する。併せて伊豆国守護となる。
- 1361年:畠山国清、鎌倉公方と関係悪化。修善寺城・三津城・金山城で鎌倉公方勢に抗戦。
- 1362年:畠山国清、鎌倉公方に敗れる。
- 1493年:北条早雲、堀越公方足利茶々丸討伐のため伊豆討ち入りを開始。伊豆の在地豪族では大見三人衆、江梨鈴木氏、三津松下氏、田子山本氏、妻良村田氏、雲見高橋氏、土肥富永氏などが早雲方として参戦した一方、狩野氏、関戸氏、伊東氏などは茶々丸方として早雲と敵対した。
戦国時代から江戸時代まで
- 1577年:後北条氏家臣富永政直により土肥金山が発見、開発される。
- 1594年:伊豆代官彦坂元正により伊豆の総検知が行われる。
- 1601年:彦坂元正、伊豆金山奉行に就任。
- 1606年:大久保長安、伊豆金山奉行に就任。土肥金山とその周辺は「土肥千軒」とも呼ばれるほど隆盛を極める。
- 1613年:市川助右衛門、伊豆金山奉行に就任。
- 1625年:土肥金山休山。
- 1744年:天城湯ヶ島の山守板垣勘四郎、三島代官に命じられシイタケ栽培の技術指導を有東木地区(現静岡市葵区)で行う。その見返りとしてのワサビを持ち帰り試植を行う[18]。
近代以降
- 1868年(明治元年):廃藩置県で韮山県が成立。
- 1871年:11月14日、第1次府県統合により小田原県、荻野山中県、韮山県が統合足柄県が発足。
- 1872年:養気館新井(現在の新井旅館)が創業する。
- 1874年:眠雲閣落合樓が創業する。猫越川と本谷川が庭内で合流し狩野川となる様子から山岡鉄舟により落合樓と命名。
- 1876年:8月21日、足柄県が分割され静岡県と神奈川県に編入。
- 1892年:旧中伊豆町原保村の平井熊太郎、ワサビ栽培において畳石式栽培法を開発[19]。
- 1904年:天城山を貫く天城山隧道が開通。南伊豆から中伊豆への移動が容易になる。
- 1906年:現在の静岡県道12号伊東修善寺線が県道伊東大仁線として冷川峠ルートで開通。
- 1911年:駿豆電気鉄道株式会社により梅木水力発電所が建設される。レンガ造水路橋が2025年時点で現存、現役[20]。
- 1912年:修善寺ハリストス正教会顕栄聖堂が建立される[21]。
- 1919年(大正8年):大井上康、ブドウ研究のため上白岩に理農学研究所を設立。
- 1924年:8月1日、伊豆箱根鉄道駿豆線の大仁駅から修善寺駅間が開業。
- 1930年(昭和5年):11月26日、北伊豆地震が発生。伊豆半島北部で大きな被害を出す。
- 1937年:3月15日、持越鉱山でガス爆発事故が発生、24人以上が死亡[22]5月19日には277人の解雇が発表されてストライキが行われた[23]。
- 1958年:9月27日、狩野川台風によって狩野川流域で甚大な被害を出す。
- 1964年:修善寺ロープウェイが城山の北西に開業。
- 1964年:5月15日、伊豆スカイラインの巣雲山から冷川ICまでが供用開始。
- 1964年:10月1日、伊豆スカイラインの冷川ICから天城高原ICまでが供用開始。
- 1969年:8月30日、西伊豆スカイラインが供用開始。
- 1970年:4月1日、新天城トンネルが供用開始。
- 1974年:5月9日、伊豆半島沖地震が発生。
- 1976年:中伊豆地区における発掘調査により上白岩遺跡が発見される。
- 1978年:1月14日、伊豆大島近海の地震が発生。持越鉱山の鉱滓ダムが決壊、シアン化物が狩野川へ流出。
- 1978年:7月1日、中伊豆バイパスが供用開始。
- 1980年:9月27日、西伊豆バイパスが供用開始。
- 1992年(平成4年):9月19日、伊豆縦貫自動車道(修善寺道路)の熊坂IC - 修善寺ICが供用開始。
市発足から
- 2004年:4月1日、田方郡修善寺町・土肥町・天城湯ケ島町・中伊豆町の4町が合併、伊豆市発足。
- 2004年:10月9日、台風22号が土肥峠付近に上陸。天城湯ケ島地区で死者1名のほか、修善寺地区の修善寺温泉で修善寺川が氾濫し被害を出す。
- 2006年:4月21日、伊豆半島東方沖地震が発生し、修善寺地区で震度5弱を記録。
- 2009年:8月11日、駿河湾地震が発生。天城湯ケ島地区で震度6弱を観測。伊豆市内で震度6弱を記録するのは、気象庁に記録の残る1919年以降初[24]。
- 2012年:11月10日、第36回全国育樹祭が開催され、あまぎの森会場において当時の皇太子臨席のもと、手入れの行事が行われた。
- 2013年:6月28日、コミュニティラジオ局の「FM IS」(エフエム イズ、愛称:みらいずステーション)開局。
行政区域の変遷
| 修善寺村 | 修善寺町 大正13年 | 修善寺町 昭和31年 | 修善寺町 昭和34年 *北狩野村の一部は 大仁町へ編入 | 伊豆市 平成16年 出典[1] |
| 下狩野村 | ||||
| 北狩野村 | ||||
| 土肥村 | 土肥村 明治22年 | 土肥町 昭和13年 | 土肥町 昭和31年 | |
| 小土肥村 | ||||
| 八木沢村 | 西豆村 明治22年 | |||
| 小下田村 | ||||
| 中狩野村 | 天城湯ケ島町 昭和35年 | |||
| 上狩野村 | ||||
| 上大見村 | 中伊豆町 昭和33年 | |||
| 中大見村 | ||||
| 下大見村 | ||||
人口
市の発足前から人口の減少は進んでおり、発足時(2004年)の人口は38,108人であった。
| 伊豆市と全国の年齢別人口分布(2005年) | 伊豆市の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||
■紫色 ― 伊豆市
■緑色 ― 日本全国 | ■青色 ― 男性 ■赤色 ― 女性 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
伊豆市(に相当する地域)の人口の推移
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| 総務省統計局 国勢調査より | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
対策
行政
市長
| 代 | 氏名 | 就任日 | 退任日 |
|---|---|---|---|
| 初代 | 大城伸彦 | 2004年4月25日 | 2008年4月24日 |
| 2-4代 | 菊地豊 | 2008年4月25日 | 現職 |
市役所
- 本庁(修善寺地区)
- 支所:修善寺支所(本庁内)、土肥支所、天城湯ケ島支所、中伊豆支所
警察・消防
- 警察 - 大仁警察署
行政区
- 修善寺(しゅぜんじ)地区 - 旧修善寺町
- 中伊豆(なかいず)地区 - 旧中伊豆町
- 旧下大見村地区
- 下白岩(しも-しらいわ) - 旧下白岩村
- 上白岩(かみ-しらいわ) - 旧上白岩村
- 関野(せきの) - 旧関野村
- 旧中大見村地区
- 城(じょう) - 旧城村
- 八幡(はつま) - 旧八幡村
- 柳瀬(やなせ) - 旧柳瀬村
- 冷川(ひえかわ) - 旧冷川村
- 徳永(とくなが) - 旧徳永村
- 梅木(うめぎ) - 旧梅木村
- 宮上(みやかみ) - 旧宮上村
- 旧上大見村地区(※八岳(やつおか)地区とも)
- 戸倉野(とくらの) - 旧戸倉野村
- 原保(わらぼ) - 旧原保村
- 中原戸(なかはらと) - 旧中原戸村
- 菅引(すげひき) - 旧菅引村
- 地蔵堂(じぞうどう) - 旧地蔵堂村
- 姫之湯(ひめのゆ) - 旧姫ノ湯村
- 貴僧坊(きそうぼう) - 旧貴僧坊村
- 筏場(いかだば) - 旧筏場村
- 旧下大見村地区
- 天城湯ケ島(あまぎゆがしま)地区 - 旧天城湯ケ島町
- 旧中狩野村地区
- 佐野(さの) - 旧佐野村
- 雲金(くもがね) - 旧雲金村
- 松ケ瀬(まつがせ) - 旧松ケ瀬村
- 大平柿木(おおだいら-かきぎ) - 旧大平柿木村
- 本柿木(ほん-かきぎ) - 旧本柿木村
- 青羽根(あおばね) - 旧青羽根村
- 下船原(しも-ふなばら) - 旧下船原村
- 上船原(かみ-ふなばら) - 旧上船原村
- 旧上狩野村地区
- 矢熊(やぐま) - 旧矢熊村
- 田沢(たざわ) - 旧田沢村
- 月ケ瀬(つきがせ) - 旧月ケ瀬村
- 門野原(かどのはら) - 旧門野原村
- 吉奈(よしな) - 旧吉奈村
- 市山(いちやま) - 旧市山村
- 湯ケ島(ゆがしま) - 旧湯ケ島村
- 持越(もちこし) - 持越鉱山
- 旧中狩野村地区
- 土肥(とい)地区 - 旧土肥町
- 旧土肥町地区(狭義)
- 小土肥(おどい) - 旧小土肥村
- 土肥 - 旧土肥村
- 旧西豆村地区
- 八木沢(やぎさわ) - 旧八木沢村
- 小下田(こしもだ) - 旧小下田村
- 旧土肥町地区(狭義)
立法
市議会
姉妹都市・提携都市
経済
| 総数 (単位:人) | 第1次産業 7.77% (全国平均1.5%) | 分類不能の産業 0.70% | |||
|---|---|---|---|---|---|
| 19,151 | 計 | 農業 | 林業 | 漁業 | 135 |
| 1,488 | 1,396 | 42 | 50 | ||
| 第2次産業 25.12% (全国平均26.8%) | |||||
| 計 | 鉱業 | 建設業 | 製造業 | ||
| 4,810 | 35 | 1,866 | 2,909 | ||
| 第3次産業 58.27% (全国平均71.7%) | |||||
| 計 | 電気・ガス・熱供給・水道業 | 情報通信業 | 運輸業 | 卸売・小売業・飲食店 | |
| 12,718 | 61 | 158 | 698 | 2,989 | |
| 金融・保険業 | 不動産業 | 飲食店・宿泊業 | 医療・福祉 | ||
| 234 | 132 | 2,789 | 1,808 | ||
| 教育・学習支援 | 複合サービス業 | サービス業 | 公務 他に分類されないもの | ||
| 625 | 337 | 2,397 | 490 | ||
観光
- 温泉
- 火山との関係が深い伊豆半島であるため温泉が豊か。そのために古くより温泉街が発展し、現在では保養地として首都圏を中心に全国から観光客を呼ぶ。その代表は修善寺温泉や湯ヶ島温泉であるが、かつてはこれらの温泉を目当てに川端康成を含む多くの文豪が訪れ作品を残したほか、井上靖が天城湯ケ島地区で少年期を過ごしたことなどがあるため、文学に因んだ事物が多く存在する。また、修善寺温泉では鎌倉時代の源氏に関係する建造物や墓などが残り、これらも伊豆市の観光における売りである。
- 伊豆市の中南部を占める温泉地帯が 天城湯ヶ島温泉郷である。温泉地帯のほとんどを山地が占めており、山地から流れ出て来る沢水は狩野川に合する。南部は川端康成の「伊豆の踊り子」の舞台として知られる天城山系と連なり、狩野川流域には温泉地が点在している。浄蓮の滝などの天然の観光資源が豊富。
- 旧中伊豆町の温泉 白岩温泉
- 伊豆市の東部を占める温泉地帯で、ほとんどが天城山脈に含まれ、天城山の最高峰万三郎岳がある。ワサビ、椎茸栽培も盛んである。
- 伊豆の西部を占める温泉地帯で、駿河湾沿いには砂浜も多く、風光明媚な観光地でもある。海の幸が豊富。
- 海
- 山
- 市の内陸部を囲むように存在する急峻な山稜は、観光ドライブや軽登山の場所として整備されている。南稜にあたる天城山は日本百名山の一座として数えられ、軽登山愛好者が訪れる。また、西稜は低木やササ原の植生となっているために眺望に優れ、昭和40年代に観光ドライブ用として西伊豆スカイラインとして車道が整備された。また、南稜の天城峠から西稜まで、伊豆山稜線歩道という登山道も整備されている。東稜にも伊豆スカイラインが通るが、市域の区間は先述の西稜よりも標高が比較的低く、木々が覆うため眺望には恵まれず、箱根山方面から伊東市方面へ抜ける際の通過区間といった様相である。
- 川
- 市域の大部分を占める狩野川水系は、アユの友釣りが盛んである。この狩野川はアユの友釣りの発祥の地とされることが多く、メッカ的地位を得ており、「狩野川を制すれば全国を制す」という言葉もある[26]。また、上流部では万城の滝や、日本の滝百選の1本に数えられる浄蓮の滝が観光客を集める。
- 施設
- 大型の観光施設としては、自転車をテーマとした日本サイクルスポーツセンターが1965年から修善寺地区で営業。市もサイクリングのメッカとして売り出している[27]。また、花をテーマとした修善寺虹の郷も1990年から同地区で営業している。
農業

平地は主として稲作が中心。天城山の山麓では清涼な水を利用して江戸時代からワサビ栽培が行われ、中伊豆地区の筏場地区や地蔵堂地区では大規模なワサビ田が広がる。1892年ごろ[28]、原保村(現伊豆市)の平井熊太郎が畳石式栽培を開発した[29]はこれらで収穫される天城のワサビは最上級のブランドとなっている。また、明治期には天城湯ケ島地区(上狩野村門野原出身)の石渡秀雄がシイタケの栽培法を確立しており、現在もシイタケ栽培が盛んである。
漁業
駿河湾に面する土肥地区では漁業が行われている。主な漁港は小下田漁港と八木沢漁港。
鉱業
江戸時代から稼働していた土肥金山を始め、持越鉱山、大仁鉱山など多数の鉱山を抱え、1960年代までは盛んに採掘、精錬が行われていた。鉱山の採掘は全て廃鉱または休止しており、精錬技術を生かしたリサイクル事業などに転換している企業もある。
教育
専門学校
高等学校
小中一貫校
- 伊豆市立土肥小中一貫校 - 2018年4月、静岡県下初の義務教育学校として開校。
中学校
小学校
- 修善寺地区
- 中伊豆地区
- 伊豆市立中伊豆小学校 - 大東小・大見小・八岳小を統合し、2011年4月開校[31]。
- 天城湯ケ島地区
- 土肥地区
- 伊豆市立土肥小中一貫校前期課程
閉校
- 静岡県立修善寺工業高等学校 - 2010年3月末閉校。伊豆の国市大仁に存在した大仁高校と統合し、同年4月より伊豆総合高校として開校。
- 伊豆市立土肥小学校-2010年3月末閉校。土肥南小との統合で(新)土肥小となり、さらに2018年4月に土肥中と統合して前述の土肥小中一貫校が開校。
- 伊豆市立土肥中学校-2018年4月に土肥小と統合し、同敷地に土肥小中一貫校が開校。
- 伊豆市立土肥南小学校-2010年3月末閉校。土肥小との統合による。
- 伊豆市立大東小学校-2011年3月末閉校。大見小と八岳小と統合。
- 伊豆市立大見小学校-2011年3月末閉校。大東小と八岳小と統合。
- 伊豆市立八岳小学校-2011年3月末閉校。大東小と大見小と統合。
- 伊豆市立狩野小学校-2013年3月末閉校。湯ヶ島小と月ヶ瀬小と統合。
- 伊豆市立湯ヶ島小学校-2013年3月末閉校。狩野小と月ヶ瀬小と統合。
- 伊豆市立月ヶ瀬小学校-2013年3月末閉校。湯ヶ島小と狩野小と統合。
- 伊豆市立修善寺中学校-2025年3月末閉校。天城中と中伊豆中と統合。
- 伊豆市立天城中学校-2025年3月末閉校。修善寺中と中伊豆中と統合。
- 伊豆市立中伊豆中学校-2025年3月末閉校。修善寺中と天城中と統合。
交通
鉄道
- 中心となる駅:修善寺駅
修善寺駅は、鉄道のない伊豆半島西部へのターミナル駅となる。駅前には半島各地へ向かうバス路線が集まる。
道路
一般国道自動車専用道路(B)である伊豆縦貫自動車道を含む国道や複数の県道、1本の有料道路が市内を通過する。
一般国道自動車専用道路(B)
- 伊豆縦貫自動車道(天城北道路)
- 修善寺JCT(未着工)、月ケ瀬IC
国道
県道
- 静岡県道12号伊東修善寺線
- 静岡県道17号沼津土肥線
- 静岡県道18号修善寺戸田線
- 静岡県道19号伊東大仁線
- 静岡県道59号伊東西伊豆線
- 静岡県道80号熱海大仁線
- 静岡県道111号遠笠山富戸線
- 静岡県道112号中大見八幡野線
- 静岡県道124号吉奈門野原線
- 静岡県道125号土肥港線
- 静岡県道127号船原西浦高原線
- 静岡県道129号韮山伊豆長岡修善寺線
- 静岡県道349号修善寺天城湯ケ島線
- 静岡県道411号西天城高原線
有料道路
路線バス
デマンド型乗合タクシー
- 沼津市デマンド型乗合タクシー戸田・土肥線
船舶

空港
市内に空港はない。最短時間で行ける空港は羽田空港である。県内には静岡空港があるが利便性が低く、地元住民は成田国際空港や羽田空港を利用する。
南関東や静岡県内の空港への、公共交通機関を利用した最短所要時間は次のとおり[33]。なお、静岡空港についてはバスを利用することになるため、渋滞状況によっては2時間以上を要する場合がある。
文化財[34]
国指定文化財
有形文化財
史跡
- 上白岩遺跡 - 縄文時代の遺跡。配石遺構が出土。
登録有形文化財
- 新井旅館青洲楼・雪の棟・渡りの橋・霞の棟・桐の棟・月の棟・甘泉楼・紅葉・山陽荘・天平風呂・あやめの棟・花の棟・吉野の棟・観音堂・水蔵
- 眠雲閣落合樓玄関棟・本館・眠雲亭・紫檀宴会場・配膳室階段棟・住居棟・廊下、応接棟
- 大井上康学術資料館
県指定文化財
有形文化財
- 金龍院木造千手観音立像
- 金龍院木造不動明王坐像
- 修禅寺木造釈迦如来坐像
- 善名寺木造薬師如来坐像
- 太刀無銘伝包永
- 刀無銘伝顕国
- 修禅寺の刺繍釈迦三尊図掛幅
- 善名寺の仏餉鉢
- 修禅寺の宋版放光般若経巻二十三
- 善願上人蔵骨器
- 修善寺ハリストス正教会顕栄聖堂附顕栄聖堂建築費記録1冊修善寺教会記録1冊
天然記念物
- 益山寺の大モミジ
- 日枝神社のイチイガシ
- 修禅寺のカツラ - 樹齢約1000年。
- 天城の太郎スギ - 樹齢400年、高さ48m、目通り幹囲9.6m 五竜の滝付近。
- 浄蓮のハイコモチシダ群落
- 田沢のイヌマキ
- 青埴神社の枝垂イロハカエデ
- 法泉寺のシダレザクラ
- 下白岩のレピドサイクリナ化石産地
- 安楽寺のクス
市指定文化財
有形文化財
- 明徳寺大涅槃像画幅
- 清雲寺日蓮聖人一代記額絵 - 清雲寺本堂に畳ほどの大きさの板額絵が約90枚掲示。
- 薬王寺木彫薬師如来立像
- 鬼子母神像
- 明徳寺木造聖観音坐像
- 十一面観音坐像
- 三十三体観音像
- 妙湯大権現
- 木造天部形立像その3
- 善名寺木造釈迦如来坐像
- 善名寺木造菩薩形立像
- 善名寺木造天部形立像その1
- 善名寺木造蔵王権現立像
- 實成寺祖師堂の彫刻
- 太刀銘了戒重能
- 刀銘水心正秀
- 刀銘廣次
- 応永二十五年銘懸仏
- 柏久保の祭祀用太鼓
- 修禅寺紙および紙漉き用具
- 立野紙と紙漉き用具
- 法泉寺の鉦
- 善名寺永正の鰐口
- 来宮神社の山車
- 西村茂樹書簡
- 徳川家康壷形黒印状
- 門田の抜穂
- 蓬莱鏡二面及び同容器一式
- 渥美窯の甕
- 修禅寺の密教法具一式
- 加殿子神社の神獣鏡
- 弘道寺のハリス宿泊時の看板と床几
- 聖神社永正の棟札
- 柿木魂神社永禄三年の棟札
- 軽野神社狩野介の棟札
- 妙本寺の宗祖御本尊曼陀羅
- 妙本寺の宗祖筆要文断片
- 宝蔵院の山門
- 栄源寺の山門と鐘楼
- 修禅寺の山門
- 修禅寺指月殿 - 源頼家の菩提を弔うために建立。伊豆では最古の木造建築物。
有形民俗文化財
- 天城神社明和の絵馬
無形民俗文化財
- 熊野神社奉納しゃぎり
- 城山神社の三番叟
- 春日神社の三番叟
- 加殿子神社の神楽
- 一之宮神社の三番叟
- 天王社の凉宮まつり
- 天神社の三番叟
- 車切
- 式三番叟
- 神楽鳥刺し踊り
- 土肥神社「さつまころがし」
史跡
- 加藤景廉一族の墓五基
- 田代信綱の墓および砦跡 - 田代信綱の居城。承久の乱で活躍。
- 瀧源寺虚無僧の墓碑
- 狩野城跡 - 伊豆の豪族狩野氏の居城。土塁などの遺構が残る。
- 大見小藤太成家の墓
- 大見平三家政の墓
- 龕附天正金鉱 - 全国で唯一、女陰形金脈龕が山の神として配祀。
- 土肥金山 - 戦国時代に開かれた金山。全長100km。坑道を見学可能。
名勝
- 万城の滝 - 裏見の滝とも呼ばれ、以前は裏側に行くと水の落下が見られた(現在は崩落の為、裏側へは立ち入り禁止)。
- 貴僧坊水神社の湧水
天然記念物
- 益山寺の大イチョウ
- 大城家のカヤ
- 妙国寺のカヤ
- 茅野のエドヒガンザクラ(2本)
- 大シイの木(お宮のシイの木)
- 妙徳寺の応永のイヌマキ
- 妙泉寺の大イチョウ
- 八幡神社のカゴノキとシロダモ
- 地蔵ヶ平のスダジイ
- 白山神社の大クス
- 来宮神社の鳥居スギ
- 大宮神社の社叢
- 神代杉
その他名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
- 独鈷の湯
- 竹林の小径
- 修禅寺
- 指月殿
- 日枝神社
- 達磨山の伊豆山稜線歩道と西伊豆スカイライン
- 伊豆近代文学博物館
- 浄蓮の滝
- 中伊豆ワイナリー シャトーT.S
- 旧天城トンネル
- 土肥金山
- 土肥海水浴場
- 恋人岬
- 伊豆の踊子の銅像
修善寺地区
修禅寺関連
- 修禅寺 - 空海ゆかりの寺院。源頼家が幽閉されていた。
- 木彫不動明王座像
- 修禅寺の鐘 - 温泉街に響く鐘の音は情緒に満ちている音風景。
- 修禅寺奥の院 - 空海の青年時代の修行の地と伝える山寺。
- 源頼家の墓 - 指月殿の境内にある。
- 源範頼の墓 - 修善寺温泉の西北の山腹にある。
- 日枝神社 - 修禅寺の東脇。「子宝の杉」で有名。
温泉
日帰り温泉
- 修善寺時之栖 百笑の湯 - 2024年に伊豆温泉村から修善寺時之栖に改称[35]。
- 筥湯(はこゆ)
- ねの湯 対山荘
- 宙SORA 渡月荘金龍
- 瑞の里 ○久(まるきゅう)旅館
- 民宿 福井
- 温泉大浴場 森の湯(ラフォーレ修善寺内)
足湯施設
- リバーテラス杉の湯
- 河原湯
スポーツ施設
- 日本サイクルスポーツセンター - 自転車を中心としたレジャー施設。
- 伊豆ベロドローム - 国内初の屋内木製250mバンク。2020年東京オリンピックの自転車競技トラック種目の会場。
- 日本競輪選手養成所 - 競輪選手を養成する国内唯一の研修施設。
- 狩野川記念公園 - 野球場、テニスコート3面。
- ラフォーレ修善寺 - 様々なスポーツ施設が整備されている総合リゾート施設。
- キャンプ場
- だるま山高原キャンプ場
- CAMP BAIRD
- ゴルフ場
- 伊豆国際カントリークラブ(アコーディア・ゴルフ)
- 修善寺カントリークラブ
自然・施設
- 修善寺虹の郷 - 多目的な自然公園。伊豆最大の紅葉群生地。
- 修善寺梅林
- 梅林句碑 - 市川左團次 (2代目)、尾崎紅葉、高浜虚子、中村吉右衛門
- しいたけの里 - 年間を通じて椎茸狩りが楽しめる。採った椎茸をバーベキューにして食べることができる。
- 達磨山の霧氷
別荘地
その他
イベント
- 修善寺梅林 梅祭り - 1月下旬-3月上旬。
- 湯くみ式 - 「独鈷の湯」から娘が温泉をくみ出す。4月21日。
- 弘法忌 - 修禅寺開祖の弘法大師の忌日の祭り。4月21日。
- 修善寺駅前まつり - 8月2日。
- 弘法大師奉納花火大会 - 8月21日。
- 全日本バイアスロン大会 - 自転車とマラソンの複合競技。11月に開催。
- 桂谷八十八ヶ所参拝 - 四国八十八ヶ所のミニ版。11月7日-9日。
中伊豆地区
温泉
日帰り温泉
- 縄文之御神湯(ホテルワイナリーヒル/中伊豆ワイナリーヒルズ)
- 白岩の湯
- 小川温泉共同浴場
- 希望園
- 神代の湯
- 富士陽光ホテル
観光・スポーツ施設
- 中伊豆ワイナリーヒルズ - ワイナリー中心の観光施設。シダックス創業者志太勤が自費で作った。
- 中伊豆ワイナリー シャトーT.S
- ホテルワイナリーヒル
- ベースボールスタジアム
- サッカースタジアム
- テニスコート
- リゾートプール
- トレーニングルーム
- 中伊豆温泉室内プール ふれっぷ
- 六仙の里公園/中伊豆グラウンド
- 伊豆大見の郷 季多楽(きたら) - 伊豆市観光協会 中伊豆支部、農産物直売所。大見城址公園脇。
- あまぎスカイアドベンチャー(天城東急リゾート)
- キャンプ場
- 伊豆自然村キャンプフィールド
- 萬城の滝キャンプ場
- ゴルフ場
- 伊豆スカイラインカントリー倶楽部
- 中伊豆グリーンクラブ
- 天城高原ゴルフコース(天城東急リゾート)
- 伊豆ハイツゴルフ倶楽部
別荘地
自然
- 丸野山高原 - 天城高原の北に位置する草原で相模湾や駿河湾の眺望が楽しめる。
- 天城山原生林
- アマギツツジ - 天城山に自生し大輪の花弁を付ける。
旧跡など
イベント
- 万城の滝祭り - 水を大切にする心を養う祭り。8月第2日曜日。
天城湯ケ島地区
天城峠関連
温泉
日帰り温泉
スポーツ・文化施設
- 狩野ドーム
- 天城ふるさと広場 - 野球場、多目的グラウンド、テニスコート、キャンプ場、宿泊施設。
- 天城ドーム - 日本初のテンション構造ドームの総合体育館。
- 天城会館
- キャンプ場
- 天城ふるさと広場キャンプ場
- UFUFU VILLAGE(月ケ瀬地区)
- ゴルフ場
- フジ天城ゴルフ倶楽部
- 湯ヶ島ゴルフ倶楽部
自然・施設
- 道の駅伊豆月ケ瀬
- 伊豆月ヶ瀬梅林
- 行基の滝 - 吉奈温泉近くにある行基修業の滝。
- 世古峡 - 小耶馬渓とも言われる。新緑と紅葉時が美しい。
- 浄蓮の滝 - 日本の滝百選の一つ。近くにあった浄蓮寺に由来。ハイコモチシダの自生地。
- 天城国際マス釣り場
- 昭和の森 - 1978年に昭和天皇在位50年記念に、天城峠一帯を指定。
- 滑沢渓谷 - 滑沢川が安山岩の一枚岩を流れる。井上靖の猟銃で有名。
資料館
- 天城湯ケ島市民活動センター(旧・湯ヶ島小学校)
- 天城図書館
- 井上靖資料室
- ジオパーク展示室「あまじお」(天城のジオ)
- 道の駅天城越え関連
- 森林博物館
- 伊豆半島ジオパーク天城ビジターセンター
- 伊豆近代文学博物館
- 昭和の森会館(道の駅天城越え内)
- 井上靖旧邸
寺社・旧跡
- 善名寺 - 日蓮宗の寺院。子宝祈願で有名。
- 明徳寺 - トイレの神様で有名。
- 弘道寺 - タウンゼント・ハリスが宿泊した寺。
- 天城神社 - 井上靖の『しろばんば』に登場。
イベント
- 伊豆月ヶ瀬梅林 梅まつり - 2月中旬-3月中旬。
- 伊豆月ヶ瀬梅林 梅狩り - 例年6月。
- 天城ほたる祭り - 例年6月〜7月に開催される。
- 天城七夕祭り - 8月1日に開催される。
- 天城夏まつり - 8月11日。
- 東司祭り - 8月29日に開催される。
- 森の感謝祭 - 9月第3日曜日に開催される。
土肥地区
金山関連
- 土肥金山資料館 - 金山跡で当時の様子が等身大の人形で再現、砂金採り体験も出来る。
温泉
日帰り温泉
- 弁天の湯(共同浴場)
- 馬場温泉 楠の湯(共同浴場)
- 元湯温泉(共同浴場)
- 湯茶寮マルト
- 屋形温泉(共同浴場)
- 大江戸温泉物語 土肥マリンホテル
- たたみの宿 湯の花亭
- 碧き凪ぎの宿 明治館
- 土肥温泉丸(夏季・海辺)
- 足湯
- 黄金の湯(無料) - 松原公園北隣。
海岸・海水浴場
- 小土肥海水浴場
- 土肥海水浴場
- さざ波キャンプ場
- フィッシングパークTOI - 海上の手頃な釣り堀。
- アウトドアビレッジTHE101 - ダイビングのライセンス取得。マリンスポーツの前進基地。
名所・公園
- 松原公園 - ギネス登録の世界一の花時計がある。足湯施設(黄金の湯)もある。「土肥桜まつり」会場。
- 丸山城(出城)跡
- 丸山スポーツ公園 - トイザクラの原木。
- 恋人岬 - 意中の人の名前を口しながら、鐘を3回鳴らすと成就する。
寺社
- 土肥神社 - 式内社。土肥の総鎮守。大楠、木くぐり。
- 安楽寺 - 大楠。まぶ湯。
- 清雲寺
- 光源寺 - 将軍足利義満が土肥の浦に漂着してその家臣が定住。その子孫は金銀を掘り当て光源寺を建立。
- 万福寺(萬福寺) - 土肥桜。
- 最福寺 - 本因坊秀和生誕地。
- 達磨寺 - 京都の法輪寺の分院。正月に「だるま市」を開催する。
イベント
人物
著名な出身者
江戸時代以前
- 石渡清助…江戸時代中期の農民。寛保年間、門野原(現天城湯ヶ島地区)において初めて原木シイタケの人工栽培を行った。墓所は門野原神社近辺。
- 竹村茂雄…江戸時代中期の国学者。本居宣長に国学を、村田春海に歌文を学び、郷里に国学塾を開いた。著書に『憐農民詞』、『石上陳述』、『詞之園圃』、『道守之標』、『穂向屋集』など。墓所は自得院。
- 本因坊秀和…江戸時代末期から明治時代初期の囲碁棋士。
政治家
- 砂間一良…元衆議院議員。
実業家
文化人
- 若林つや…作家。
- 佐藤三武朗…比較文学者、作家。元日本大学国際関係学部長、佐野日本大学短期大学学長[36]、日本大学名誉教授。
- マジカル・パワー・マコ…音楽家。
- 鈴木則文…映画監督[37]。
- 勝呂誉…俳優[38]。
- 研ナオコ…歌手、女優、タレント。
- 斉藤恒芳…作曲家。
- 市毛良枝…女優、登山家、タレント。
- ガダルカナル・タカ…タレント。
- つまみ枝豆…タレント。
- 春野恵…グラビアアイドル。
- 星あや…ファッションモデル。
- 関口伸…ナレーター、声優。
- 長谷優里奈…声優。
- 海瀬壮祐…漫画家。
- 翔傑喜昭…力士。
- 野寺秀徳…自転車ロードレース選手。
- 中村光…漫画家。
- 長口宮吉…写真化学技術者。
- 潮木仁…元スカッシュ選手[39][40][41][42][43][44]。
ゆかりの人物
江戸時代以前
- 田代信綱…平安時代末期の武将。治承・寿永の乱における功績から狩野荘田代郷の地頭に補任。市内に砦跡、信綱および一族の墓と伝わる五輪塔が残る。
- 安達盛長…鎌倉時代初期の武将。源頼朝側近。修善寺地区に墓所が残る。
- 上杉龍若丸…戦国時代の人物。関東管領上杉憲政の嫡男。中伊豆最勝院に龍若丸の墓と伝わる五輪塔が残る。
江戸時代以降
