西村虚空
From Wikipedia, the free encyclopedia
西村 虚空(にしむら こくう、1915年 - 2002年6月1日)は、尺八奏者、教師、製作者。
28歳から谷狂竹(たに きょうちく)の下で尺八を学ぶ[1]。師匠にならい、西村は虚無僧(托鉢する尺八奏者)となり、十年にわたり、日本各地を托鉢して回った[1]。
谷狂竹は、普化宗で修行していた。普化宗が1871年に廃止された後も、谷は精神修養として尺八の演奏を続けた。
20世紀はじめ、尺八は合奏のための世俗楽器として再び注目されるようになった。アマチュアの尺八奏者が、世俗的な合奏団を結成するようにもなった。そうした中でも西村は、古来の尺八である管の内側に漆地を塗らない「古菅」を演奏した。西村は尺八の管を長くした楽器を自ら製作し[1]、好んで演奏した。彼はそのような長い管の楽器を「虚鐸(きょたく)」と名付け、ニ短調五音音階に調音された近代的な短めの尺八と区別した。西村が生涯に制作した虚鐸は2000本以上に上るとされる[1]。「虚鐸」という名称は、『虚鐸伝記国字解』(きゃたくでんきこくじかい)に記された普化宗の創建に関わる伝説から採られている。