西浦町 (蒲郡市)
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学区
歴史
近世以前
古墳として円墳の原山1号墳・原山2号墳がある[1]。かつては形原郷の一部であり、形原城から見て西にある浦だったことが名称の由来である[1]。
文亀年間(1501年~1504年)には既に稲生港に突堤が築造されたとされ、古くから三河湾における寄港地となっていた[1]。西浦で産出する花崗岩は名古屋城の築城にも用いられた[2]。
近現代

1889年(明治22年)10月1日、町村制施行によって宝飯郡西浦村が発足した[1]。明治時代初期の経済の中心は農業だったが、近代には海運業や漁業が発展した[1]。
1936年(昭和11年)7月24日、三河鉄道(現・名鉄蒲郡線)西浦駅が開業した[1]。1944年(昭和19年)2月11日、西浦村が町制施行して西浦町が発足した[1]。
戦後の1947年(昭和22年)には西浦町立西浦中学校が開校した[1]。1954年(昭和29年)には西浦温泉の開発を開始し、西浦半島が観光地として発展した[1]。
1963年(昭和38年)4月1日、宝飯郡西浦町は蒲郡市に編入し、蒲郡市役所西浦出張所が設置された[1]。同年には倉舞港に西浦マリーナが完成し、1971年(昭和46年)には橋田鼻灯台が点灯開始した[1]。1970年(昭和45年)の世帯数は1792戸であり、人口は7736人だった。1980年(昭和55年)の世帯数は2002戸であり、人口は8154人だった[1]。
1981年(昭和56年)時点の西浦漁港の組合員数は339人であり、売上高は鮮魚が10億9800万円、海苔が2000万円だった[1]。愛知県内で沖合底引網漁業を行っているのは形原漁港と西浦漁港のみである[1]。


