西片擔雪
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新潟県生まれ[1]。京都市出町柳に住んでいた同郷の西枝一江(後に弟子となる稲盛和夫の京セラ創業時の支援者の一人[3])の書生となり、立命館大学に進学するも肺病に罹患し、病床に就く[1]。昭和17年(1942年)に八幡市の円福寺で坐禅修行に励み、出家する[1]。昭和30年(1955年)に熊本県の見性寺に入寺、荒廃していた寺の再建に尽くし、伽藍の復興を成し遂げる[1]。昭和46年(1971年)には円福寺の師家となり、平成の「経営の神様」「経営者のカリスマ」とも呼ばれる経営者 稲盛和夫など、二百人近い会下(弟子)を持つ[4]。こうした実績から「日本一の覚者」と呼ばれるようになる。
平成10年(1998年)に西宮市の海清寺の師家に就任[1]。その時の提唱(講義)内容が著書となっている[1]。平成14年(2002年)第31代臨済宗妙心寺派管長に就任[1]。平成18年(2006年)遷化。
法嗣弟子
- 加藤月叟(生没 1952-2020)円福僧堂師家、海清僧堂師家