奈良県奈良市出身[3]。1943年(昭和18年)12月、奈良県立商業学校(のち奈良県立奈良商業高等学校、現・奈良県立奈良商工高等学校)を卒業した[2]。卒業後は1946年(昭和21年)9月に奈良市役所に入り、市長公室長、清掃部長、総務部長などを務める[2]。1978年(昭和53年)4月から1984年(昭和59年)8月まで助役を務める[2]。
1984年(昭和59年)9月23日の奈良市長選挙に自民党、公明党、民社党の推薦で立候補し、共産党推薦、元県議、諸派の3新人を破って当選した[4]。
※当日有権者数:-人 最終投票率:39.17%(前回比:-pts)
| 候補者名 | 年齢 | 所属党派 | 新旧別 | 得票数 | 得票率 | 推薦・支持 |
| 西田栄三 | 57 | 無所属 | 新 | 57,404票 | 68.9% | 自由民主党・公明党・民社党推薦 |
| 向井弘 | 49 | 無所属 | 新 | 11,487票 | 13.8% | - |
| 岩井忠楠 | 69 | 無所属 | 新 | 11,486票 | 13.8% | 日本共産党推薦 |
| 辻山信子 | 43 | 諸派 | 新 | 2,989票 | 3.6% | - |
1988年(昭和63年)9月25日の奈良市長選挙では、先の3党に加え、社会党からも推薦を得て再選を果たした[5]。健康上の理由により、1992年(平成4年)9月に退任した[6]。退任後は入江泰吉記念写真美術財団理事長を務めた[3]。2000年(平成12年)死去。