西部軍管区 (日本軍) From Wikipedia, the free encyclopedia 西部軍管区(せいぶぐんかんく)は、1940年から1945年まであった大日本帝国陸軍の軍管区の一つである。 西部軍管区とは西部軍の管轄区域であり、中国・四国・九州地方を管轄区域とする西部軍司令部が、軍管区内の軍隊を指揮・統率した。 西部軍は1945年(昭和20年)2月1日、第16方面軍の編成により廃止され、その後は第16方面軍司令部が西部軍管区司令部を兼ね九州地方[1]の軍政を統括した。 人事 姓名、階級、補職、免職の順に表示した。 司令官および参謀長は方面軍の職が本職、軍管区の職が兼職。 参謀副長および部長は軍管区の職が本職、方面軍の職が兼職。但し、兵務部長は軍管区の職であり、方面軍の職にはない。 西部軍管区司令官 横山勇 中将:1945年2月1日[2] - 10月12日[3](兼職)[注釈 1] 西原貫治 中将:1945年10月12日[3] - (西部軍管区司令官職のみ) 西部軍管区参謀長 芳仲和太郎 中将:1945年2月1日[2] - 5月3日[4](兼職) 稲田正純 中将:1945年5月3日[4] - (兼職) 西部軍管区参謀副長 福島久作 大佐:1945年1月29日[5] - (本職)[注釈 2] 友森清晴 大佐:1945年6月1日[6] - (西部軍管区参謀副長職のみ) 江湖要一 少将:1945年9月13日[7] - 11月12日[8](西部軍管区参謀副長職のみ) 西部軍管区兵務部長 若松平治 少将:1945年2月1日[2] - 3月31日[9] 中山惇 中将:1945年3月31日[9] - 7月5日[10] 奈良晃 中将:1945年7月5日[10] - 西部軍管区兵器部長 鈴木敏行 少将:1945年2月1日[2] - 7月16日[11](本職) 田村清一 大佐:1945年7月16日[11] - (本職) 西部軍管区経理部長 谷端直 主計少将:1945年1月29日[5] - (本職) 西部軍管区軍医部長 堀内清真 軍医少将:1945年1月29日[5] - (本職) 西部軍管区獣医部長 草野清茂 獣医大佐:1945年1月29日[5] - (本職) 西部軍管区法務部長 伊藤章信 法務少将:1945年1月29日[5] - (本職)[注釈 3] 脚注 [脚注の使い方] 注釈 ↑ 終戦後より西部軍管区司令官。 ↑ 3月1日、陸軍少将に任官。 ↑ 1月29日より西部軍管区法務部長兼第16方面軍法務部長(兼留守第56師団法務部長如故)。 出典 ↑ 中国・四国地方には、1945年(昭和20年)6月12日に中国軍管区司令部と四国軍管区司令部が設けられた。 1 2 3 4 「陸軍異動通報 第24号 昭和20年2月1日(防衛省防衛研究所)」 アジア歴史資料センター Ref.C12120932700 1 2 「陸軍異動通報 第3号 昭和20年10月20日(防衛省防衛研究所)」 アジア歴史資料センター Ref.C12120947900 1 2 「陸軍異動通報 第102号 昭和20年5月3日(防衛省防衛研究所)」 アジア歴史資料センター Ref.C12120941300 1 2 3 4 5 「陸軍異動通報 第22号 昭和20年1月30日(防衛省防衛研究所)」 アジア歴史資料センター Ref.C12120932500 ↑ 「陸軍異動通報 第127号 昭和20年6月1日(防衛省防衛研究所)」 アジア歴史資料センター Ref.C12120944100 ↑ 「陸軍異動通報 第2号 昭和20年9月30日(防衛省防衛研究所)」 アジア歴史資料センター Ref.C12120944100 ↑ 「陸軍異動通報 第5号 昭和20年11月30日(防衛省防衛研究所)」 アジア歴史資料センター Ref.C12120963500 1 2 「陸軍異動通報 第74号 昭和20年3月31日(防衛省防衛研究所)」 アジア歴史資料センター Ref.C12120937900 1 2 「陸軍異動通報 第152号 昭和20年7月6日(防衛省防衛研究所)」 アジア歴史資料センター Ref.C12120947300 1 2 「陸軍異動通報 第158号 昭和20年7月16日(防衛省防衛研究所)」 アジア歴史資料センター Ref.C12120963000 関連項目 日本軍 西部軍 この項目は、軍事に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:軍事、プロジェクト:軍事史/Portal:軍事)。表示編集 Related Articles