西阿野村 From Wikipedia, the free encyclopedia 廃止日 1906年5月1日廃止理由 新設合併樽水村、西阿野村、苅屋村、古場村 → 枳豆志村現在の自治体 常滑市国 日本にしあのむら西阿野村廃止日 1906年5月1日廃止理由 新設合併樽水村、西阿野村、苅屋村、古場村 → 枳豆志村現在の自治体 常滑市廃止時点のデータ国 日本地方 中部地方、東海地方都道府県 愛知県郡 知多郡市町村コード なし(導入前に廃止)総人口 915人(『角川日本地名大辞典 23 愛知県』989頁、1891年)隣接自治体 樽水村、古場村西阿野村役場所在地 愛知県知多郡西阿野村ウィキプロジェクトテンプレートを表示 西阿野村(にしあのむら[1])は、愛知県知多郡にあった村。現在の常滑市の一部にあたる。 知多半島中央部、伊勢湾岸に位置していた[2]。 歴史 江戸時代は尾張藩領で横須賀代官所支配であった[2]。 1878年(明治11年)知多郡佐合村の一部となる[2]。 1883年(明治16年)佐合村から分立して西阿野村となる[2]。 1889年(明治22年)10月1日、町村制の施行により、知多郡西阿野村が単独で村制施行し西阿野村が発足[1][2]。大字は編成せず[2]。 1906年(明治39年)5月1日、知多郡樽水村、苅屋村、古場村と合併し、枳豆志村を新設して廃止された[1][2]。合併後、枳豆志村西阿野となる[2]。 地名の由来 東阿野(現豊明市)に対して西阿野と称した[2]。阿野の由来には次の諸説あり[2]。 青野に由来。 阿野は天台宗園城寺の衆徒を指し、南北朝時代にこの地が園城寺の所領であったことから。 産業 農業[2] 教育 1874年(明治7年)深柳学校設立[2]。1876年(明治9年)西阿野学校に改称[2]。 名所・旧跡 高讃寺[2] 脚注 1 2 3 『市町村名変遷辞典』585頁。 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 『角川日本地名大辞典 23 愛知県』989頁。 参考文献 角川日本地名大辞典 23 愛知県 『市町村名変遷辞典』東京堂出版、1990年。 関連項目 愛知県の廃止市町村一覧 Related Articles