見光院 From Wikipedia, the free encyclopedia 見光院(けんこういん、文政2年(1819年) - 天保14年8月15日(1843年9月8日))は、江戸時代の女性で、12代将軍・徳川家慶の側室。俗名は金。 江戸・京橋の菓子屋・風月堂の娘という説がある。幕臣・竹本安芸守沢右衛門の養女となる。その後、大奥に入り、家慶の寵愛を受ける。 天保4年(1833年)に七女・里姫、天保7年(1836年)に九女・吉姫、天保10年(1839年)に十女・万釵姫を出産するが、いずれも夭折した。 天保14年(1843年)8月15日(9月14日とも)に十一男・照耀院を出産するが、難産であったため、同日のうちに照耀院と共に死去。墓所は東京都港区の増上寺。戒名は見光院即得無生大姉。 参考文献 雲村俊慥『大奥の美女は踊る』 PHP研究所、2006年 高柳金芳『大奥の秘事』 雄山閣、2003年 秋元茂陽『徳川将軍家墓碑総覧』パレード、星雲社、2008年 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles