観音村
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歴史
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、佐伯郡千同村、倉重村、三宅村、坪井村、屋代村、佐方村が合併して村制施行し、観音村が発足[1][2]。役場を大字坪井に設置し、1942年(昭和17年)大字三宅に移転した[1]。
- 1923年(大正12年) - 大字坪井に牛池山溜池を設置[1]。
- 1940年(昭和15年)5月10日 - 佐伯郡五日市町の一部を編入[2]。
- 1951年(昭和26年)10月27日 - 村内に昭和天皇が会場に行幸。広島市喜生園を視察[3]。
- 1955年(昭和30年)4月1日 - 佐伯郡五日市町、石内村、河内村、八幡村と合併し、五日市町が存続して廃止された[1][2]。
- 村長 橋本覚一
地名の由来
極楽寺山が、頂上の極楽寺の本尊十一面観音にちなんで観音山と通称され、そのふもとの当地が古くから観音下と称されたことによる[1]。
産業
- 農業、養蚕、藁製品[1]。
交通
教育
- 1930年(昭和5年)山陽高等女学校(現山陽女学園中等部・高等部)が開校[1]。