現代では、言葉では言い表せないほど酷いことを意味する場合にこの言葉が用いられている。この反対に言葉では言い表せないほど素晴らしいことを表す場合にもこの言葉が用いられている。他には言葉では言い表せないような心の状態のこともこの言葉が用いられている[1]。
この言葉は仏教が由来である。龍樹の言葉からである[2]。この言葉は仏教の奥深い真理や悟りの境地を表すという言葉であった。奥深い考えや究極の境地というのは、言葉では表現できないほど尊く素晴らしいことから、この言葉を用いて表されていたのであった[3]。『華手経』には、言語道断というのは心が滅した状態であるというようなことが書かれている。隋の時代の中国の書物である『法華玄義』では、言葉で表すことができないほど素晴らしいことのことが言語道断と言われるようなことが書かれている[4]。