許行
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語録
「賢者與民並耕而食,饔飧而治[1]」
和訳:「徳のある君主は人民とともに耕作して自らの食糧を得、自ら朝夕の食事を整えながら国政を執るべきである。」
これは、為政者も人民と同じように労働し、自ら生産活動に従事すべきであり、人民から搾取して生活するべきではないという思想を表している。
「倉廩府庫,是厲民而以自養也[1]」
和訳:「穀物倉や財貨を蓄える府庫を設けることは、人民を苦しめ、その犠牲によって自らを養うことである。」
これは、君主が穀物倉や財政のための倉庫を設けて財貨を蓄積することに反対し、そのような制度は人民から収奪した財によって支えられるものであると考えたものである。また、君主が穀倉や国庫を私有財産として所有すること自体を否定する立場を示している。
思想の特色
許行の思想は、労働する農民が自らの力で生活を営むという精神を集中的に表している。また、現実社会における圧迫からの解放を強く願い、想像上の平等な社会への憧れに満ちた思想であった。
思想の核心
許行思想の核心は、「働かずに利益を得ること(不労所得・不労獲得)への反対」である。
古典の記録
『孟子』「滕文公篇」には、孟子が許行の唱えた「君民並耕(君主も人民とともに耕作する)」という思想について論じた記述がある。
「勞心者治人,勞力者治於人。」
(知的労働に従事する者は人を治め、肉体労働に従事する者は人に治められる。)
孟子は、許行の「君主も人民とともに耕作すべきである」という考えに反対した。そして、堯・舜・禹の事績を例に挙げながら、社会における分業の重要性を説いた。
孟子によれば、君主制社会においては、君主が仁政を行えば、人民は井田制に従って農耕を営み、知的労働に従事する統治者の生活を支えることになる。その結果、国家全体の繁栄が実現される。
しかし同時に、君主は人民から得た財物や権力を慎重に用いなければ天下を治めることはできないとし、次のように述べている。
「以天下與人易,為天下得人難。」
(天下を人に譲ることは容易であるが、天下を治めるにふさわしい人物を得ることは難しい。)
つまり、君主が仁徳を失えば、国家は長期にわたって安定して存続することはできないと孟子は主張した。