調布基地跡地運動広場
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概要
1941年に完成した旧東京調布飛行場が、米軍占領を経て、1973年に全面返還された。この間の経緯については、調布飛行場#歴史を参照のこと。
跡地利用は、調布市、府中市、三鷹市が協議会を設け協議が行われた。現在、武蔵野の森公園、東京スタジアム、アミノバイタルフィールドなどとならび、運動広場(府中市施設名は、暫定○○場)が設置されている。もともとの跡地利用計画では下水処理場が設置される予定で運動広場はその上部に設置される計画であったが計画を見直すことになり暫定的に運動広場として利用されている[2]。
年間利用者は、府中市側の暫定少年サッカー場が2010年度で約74,000人[3]。調布市側の施設が2005年8月報告書によれば32万人である[4]。
グラウンド管理は、ムサシ綜合メンテナンス企業組合が行っている[5]。


