諏訪好和 From Wikipedia, the free encyclopedia 諏訪 好和(すわ よしかず、嘉永元年(1848年) - 昭和12年(1937年)11月16日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。長州藩出身の武士で、維新前後の諸戦争に参加した。通称栄三郎。 諏訪好和は長州藩士として生まれ、若年期には前田砲台での下関戦争に野戦砲隊司令として従軍し、続く第二次長州征討では報国隊小隊司令として小倉口へ出戦した[1]。 明治初期には京都練兵隊でフランス式教練を受け、明治5年(1872年)に陸軍大尉へ任官した[1]。明治10年(1877年)の西南戦争では城山総攻撃に加わり、これに先立つ萩の乱では山口歩兵連隊長として鎮圧にあたった[1]。 軍歴では、明治15年(1882年)3月16日に歩兵第10連隊長、明治19年(1886年)6月18日に近衛歩兵第2連隊長を務め、同年4月23日付で陸軍大佐に進んだ[2]。明治21年(1888年)9月14日に休職となり、明治26年(1893年)2月3日に予備役へ編入された[2]。さらに明治28年(1895年)8月16日には陸軍少将へ進級した[2]。 退役後は故郷の長府で余生を送り、昭和12年(1937年)11月16日に死去した。享年89[1]。 脚注 1 2 3 4 新人物往来社 1994, p. 537. 1 2 3 芙蓉書房出版 1993, p. 25. 参考文献 『陸海軍将官人事総覧 陸軍編』 芙蓉書房出版、1993年、25頁。 『幕末維新人名辞典』 新人物往来社、1994年、537頁。 Related Articles