創建年代は不明である。ただ下清久村が清久郷から分村したのが1596年(慶長元年)以前であり、分村時に信濃国一宮の諏訪大社から分霊を勧請したものという。近くの清福寺が別当寺であった[1]。
1873年(明治6年)、近代社格制度に基づく「村社」に列せられた[1]。
かつては「鎌どっかえ」と呼ばれる行事があった。これは毎年9月27日に氏子の神棚に祀っていた鎌を当社に返して、また新たな鎌を借りて1年間祀るというものである。しかし当社氏子に占める農家の割合が減少し、サラリーマンが多くなったことから、1994年(平成6年)より中止となった[1]。