謝花凡太郎
From Wikipedia, the free encyclopedia
謎とされていた経歴
本名は殿木真三。東京都の日本橋出身。慶應義塾大学卒業後はサラリーマンを経て会社を起こすが、特定の職に就くことはなかった。40代以降に漫画を描き出し、1933年(昭和8年)に『びっくり突進隊』で中村書店からデビューする。戦後も『漫画少年』で数々の作品を発表した。
1940年(昭和15年)頃からは、漫画執筆とは別に中学校で書道を教えるようになり、戦後も漫画執筆と並行して行い、亡くなるまで従事した。
手塚治虫は1982年(昭和57年)に晶文社から発刊された『OH! 漫画』で、謝花が千葉の出身であることや、書の達者な人であったことを述べていた[3]が、評論家の間でも長年に渡って生没年や経歴などは謎とされていた。しかし、2006年(平成18年)に出版美術評論家の三谷薫が遺族の所在を明らかにし、漫画評論家の清水勲が主宰する研究誌『諷刺画研究』49号に発表したことで、これまで謎とされていた数々の点が明らかになった[4]。