謹姫 From Wikipedia, the free encyclopedia 謹姫(きんひめ、文政5年3月29日(1822年5月20日) - 嘉永5年8月13日(1852年9月26日)[1])は、江戸時代後期の女性。備後福山藩の第7代藩主・阿部正弘の最初の正室。 越前福井藩の第13代藩主・松平治好の五女。天保9年(1838年)2月23日に福山藩主になって2年ほどたった正弘と結婚した。正弘が20歳、謹姫は17歳だった[2]。 しかし謹姫は病弱で、結婚から14年ほどたった嘉永5年(1852年)8月に死去した。享年31[2]。戒名は寛恭院殿真誉如実貞相大姉[1]。 正室を失った正弘は、再度福井藩から謐姫を継室に迎えた[2]。 正弘との間に子女があったかどうかは不明である。 脚注 注釈 [脚注の使い方] 出典 1 2 『福井市史 資料編 4 (近世 2 藩と藩政 上)』福井市、1988年、p.33。 1 2 3 後藤 2022, p. 25. 参考文献 後藤敦史『阿部正弘 挙国体制で黒船来航に立ち向かった老中』戎光祥選書ソレイユ011、2022年 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles