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謹慎

一定期間外出を禁止されること From Wikipedia, the free encyclopedia

謹慎(きんしん)は、江戸時代から明治時代初期にかけて日本に存在した自由刑の一種で、一定期間外出を禁止されることである。転じて、活動をしばらく休止することをも指す。

概要

自宅の門戸を閉鎖し、昼間の人の出入りを禁止することである。

江戸時代に定められた「慎み(つつしみ)」が原型であり、これは一期(30日間)単位で特に上級の武士や公家に対する刑罰(差控の一種)として用いられていた。

1870年(明治3年)、『新律綱領』によって、士族にのみ適用される刑罰として改めて規定された。家族や雇い人以外の接見や通信が禁止され、夜間に目立たない形での外出のみ許されていた「慎み」よりも厳しい制限だった。

明治期に刑法が導入されて以降、公法上の刑罰としての謹慎は廃止された。

現在は、企業や学校などの団体が構成員に対して下す処分、または個人の不祥事に対して自発的に反省する態度を示すための手段(自粛)として用いられている。

陸軍・海軍

大日本帝国憲法下においては、陸軍懲罰令および海軍懲罰令に規定が存在していた。

陸軍: 将校、准士官、高等官・同待遇の軍属、俘虜将校等に科された。勤務停止とともに自宅からの外出や部外者との接見が禁じられた。期間は30日以内とされ、その間、重いもので5割、軽いもので2割の俸給が減額された。ただし、演習や教育などのために特に命じられた場合は出場することがあった。

海軍: 准士官以上に科され、期間は60日以内とされた。その間は勤務が停止され、自宅または艦船などの勤務場所にて身を慎む(蟄居する)こととされた。ただし、演習や事変など、やむを得ない事由がある場合は勤務に服させられることがあった。

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