谷口恵美子
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富山県高岡市で生れる[1]。香蘭女学校卒業[1]。1946年、のちに生長の家総裁となる荒地清超(谷口清超)と結婚[1]。
写真撮影を趣味とし、機関誌『生長の家白鳩会』に長く写真を掲載した。また、「母と子のうた」「こどものために」「あかるい窓」「地球の人よ」などの生長の家の聖歌を作詞作曲した[2]。
1979年5月2日、立教五十周年記念白鳩会全国大会が日本武道館で開かれる[3]。恵美子は同大会に登壇し、「議会というのは、日本の国を良くしてゆくために皆が寄り集まって話し合って、立派な日本を築き上げてゆくところであるのに、野党は、与党の言うことにはみんな反対、反対といって演説を聞こうとしない。政治をする人たちがそういう態度であるから、学生たちも学校当局のすることには何でも反対するし、子どもたちは親に反対する」と持論を展開した[4]。
1985年11月22日、夫の谷口清超が第2代生長の家総裁に就任。それに伴い恵美子は第2代生長の家白鳩会総裁に就任した。2009年、白鳩会総裁を退任[2]。
2023年10月22日午前2時に死去。100歳没[2]。
