谷崎重幸
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略歴
指導方針
東福岡高校の監督時代、妻が癌で[2]38歳の若さで死去したことをきっかけに休職し、子供3人を連れてニュージーランドへ渡った[8](2001年 - 2003年[2][4])。現地で見たラグビー指導は、学年別・実力別にチームを編成し、同程度のチーム同士が対戦することで、全員が勝つチャンスを与えており、選手を否定しないという方針に立脚しており[2]、選手は楽しそうにプレーしていた[8]。
ニュージーランドでの経験を胸に、それまでのスパルタ式[8][4]・押し付け的な指導法を180度転換した[2]。具体的には、選手が主役となるよう練習中も試合中も具体的な指示出しはせず、すべての選手がラグビーを楽しめるような環境を作ることを信条とした[8]。谷崎の指導を受けたラグビー選手の上田竜太郎(NTTコミュニケーションズシャイニングアークス)は、かなり自由にやらせてもらったといい、よく谷崎から「楽しもう」、「笑顔でいこう」と声をかけられ、チームメイト一同前向きな気持ちでプレーできたと語っている[9]。