谷文二 From Wikipedia, the free encyclopedia 谷 文二(たに ぶんじ、文化9年(1812年) - 嘉永3年5月15日(1850年6月24日))は、江戸時代後期の日本の画家である。谷文晁の後継者として将来を嘱望されたが若くして歿した。 号は萍所、名を義宣、通称は文二郎と称した。谷文晁の長男。後妻 阿佐子との間に生まれる。画は文晁に受ける。才能は義兄 文一に劣ったものの文晁の秘蔵っ子として寵愛を受ける。そのためか、我が侭に育ち直情的な性質だった。遊女と役者を極端に嫌い、得意客であっても棍棒を投げて追い返したほどだった。 享年39。浅草清島町源空寺に葬られる。子に文中(文晁の孫)がいる。 作品 江戸麻布邸遠望図 絹本著色 1幅 104.4x213.3cm 毛利博物館蔵 - 萩藩下屋敷を描いたもの[1]。 脚注 ↑ 石田佳也 上野友愛 佐々木康之編集 『サントリー美術館 東京ミッドタウン5周年記念 毛利家の至宝 大名文化の精粋』 サントリー美術館、2012年4月14日、pp.122-123,158 出典 渥美国泰『写山楼谷文晁のすべて 今、晩期乱筆の文晁が面白い』里文出版、2001年、 ISBN 4898061729。 吉岡班嶺『谷文晁及其直系』<真偽評価 書画鑑定指針> 帝国絵画協会、1926年。 典拠管理データベース 全般 VIAF 国立図書館 アメリカ Related Articles