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豊原市制謳歌

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作詞 赤倉清蔵
採用時期 1937年
採用終了 1949年(国家行政組織法の施行のため法的に樺太庁豊原市が廃止)
豊原市制謳歌

市歌の対象
(旧)豊原市

作詞 赤倉清蔵
作曲 山田栄一
採用時期 1937年
採用終了 1949年(国家行政組織法の施行のため法的に樺太庁豊原市が廃止)
言語 日本語
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「豊原市制謳歌」(とよはらしせいおうか)は、かつて存在した日本の樺太庁豊原市が、1937年(昭和12年)の市制を施行したことを記念し、樺太日日新聞が歌詞の懸賞公募を実施して制定された歌。作詞:赤倉清蔵、作曲:山田栄一。

一、
北斗(ほくと)を仰(あお)ぐ北(きた)の果(は)て 生気(せいき)巷(ちまた)に満(み)ち満(み)ちて
世々(よよ)に御恵(みめぐみ)増(ま)すところ 市民我等(しみんわれら)に希望(きぼう)あり
おゝおゝ堂々(どうどう)と 窮(きわ)みなき希望(きぼう)の都(みやこ)豊原市(とよはらし)

二、

鈴谷(すずや)の流(なが)れ水清(みずきよ)く 若(わか)き生命(いのち)を生(う)み出(い)づる
文化(ぶんか)の潮(しお)の呼(よ)ぶところ 市民我等(しみんわれら)に光(ひかり)あり
おゝおゝ溌剌(はつらつ)と 迸(ほとばし)る光(ひかり)の都(みやこ)豊原市(とよはらし)

三、

累々(るいるい)満(み)てる天産(てんさん)の 光(ひかり)輝(かがや)く朝(あさ)暁(あ)けて
共栄(きょうえい)の旗(はた)行(ゆ)くところ 市民我等(しみんわれら)に力(ちから)あり
おゝおゝ隆々(りゅうりゅう)と 盛(も)り上(あ)がる力(ちから)の都(みやこ)豊原市(とよはらし)

四、

日々(ひび)の御稜威(みいづ)に潤(うるお)いて 殖産興業(しょくさんこうぎょう)日(ひ)に進(すす)み
生気(せいき)の風(かぜ)の吹(ふ)くところ 市民我等(しみんわれら)に誉(ほまれ)あり
おゝおゝ洋々(ようよう)と 拓(ひら)け行(ゆ)く誉(ほまれ)の都(みやこ)豊原市(とよはらし)

五、

先駆(せんく)の歌(うた)も高(たか)らかに 新興(しんこう)の意気(いき)火(ひ)と燃(も)えて
四万市民(しまんしみん)の寄(よ)るところ 挙(こぞ)る我等(われら)に誇(ほこ)りあり
おゝおゝ轟然(ごうぜん)と 伸(の)び続(つづ)く誇(ほこ)りの都(みやこ)豊原市(とよはらし)

脚注

関連項目

外部リンク

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