豊受神社 (船橋市)
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由緒
創祀の経緯は不詳だが、金杉地区の歴史は古く、平安時代には伊勢神宮の荘園(御厨)とされ、意富比神社(船橋大神宮)所蔵の応長元年(1311年)の文書にも湊郷、夏見郷、宮本郷、高根郷と共に金曾木郷の名称で登場する。伊勢神宮領になると夏見にその守護として天照大神を祀る伊勢明神船橋明神社が建立されたが(現日枝神社)、当神社も同じような経緯で、御厨の最北端に位置している金杉地区に伊勢神宮の外宮を勧請したのが起源ではないかと考えられている。なお、室町時代に御厨が消滅すると、伊勢明神船橋明神社は宮本の意富比神社や金杉、高根町神明社に分祀された[要出典]。
当神社は金杉集落の鎮守であるが、明治20年代(1880年代後半)頃から地元では「金杉神明社(かなすぎしんめいしゃ)」または「神明社」と呼称されることが多い。そもそも金杉集落には複数の神社が存在していたが、それらは上述のように道路の拡張工事その他の理由で昭和40年(1965年)までに当神社に合祀され、その際に主祭神だった豊受大御神より合祀した天照大神の存在が強くなり、神明社の名称が自然に取り入れられ、定着したのではないかと推察される。神明社となった今日では船橋大神宮の宮司が当神社宮司も兼任している。
その他
氏子地域
- 金杉地区
神事
- おびしゃ(1月7日)、天王祭り(7月19日・20日)、例祭(10月18日)などの祭事が行われている。
