豊岡市立日高東中学校
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| 豊岡市立日高東中学校 | |
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北緯35度28分46.8秒 東経134度46分27.8秒 / 北緯35.479667度 東経134.774389度座標: 北緯35度28分46.8秒 東経134度46分27.8秒 / 北緯35.479667度 東経134.774389度 | |
| 過去の名称 | 日高町立日高東中学校 |
| 国公私立の別 | 公立学校 |
| 設置者 | 豊岡市 |
| 併合学校 | 日高町立日高中学校・八代中学校・府中中学校 |
| 校訓 | 自立・友愛・奉仕 |
| 設立年月日 | 1965年4月1日 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 一貫教育 | 小中一貫教育(連携型。豊岡市立府中小学校・八代小学校・日高小学校[1] |
| 学期 | 3学期制 |
| 学校コード | C128210003058 |
| 所在地 |
〒669-5306 兵庫県豊岡市日高町水上160番地 |
| 外部リンク | 公式サイト |
豊岡市立日高東中学校(とよおかしりつ ひだかひがしちゅうがっこう)は、兵庫県豊岡市日高町にある公立中学校。
地元での通称は「東中」、「東中学校」。隣接地に日高学校給食センターが設置されている。
戦後の学制改革における新制中学校設立においては、国府村・八代村は組合設立、日高町(旧)は単独設立と対応が分かれたが、国府・八代組合はほどなく解消し3町村とも独自に新制中学校を構えた[2]。1955年(昭和30年)に日高町(旧)を中心とする6町村が合併し日高町(新)となった際にもこれらの中学校は存置された。
新制中学校の増加は各地方自治体の財政を圧迫したことから、1958年(昭和33年)、国は「公立文教施設整備五カ年計画」を策定、学校統合の促進を図った。日高町(新)は1959年(昭和34年)の町議会で学校統合を可決、1960年(昭和35年)に学校統合審議会を設置し、審議の結果府中・八代・日高の3中学校を1校に統合、設置場所は地区住民との合意が難航したが水上部落の代官屋敷北側一帯とすることで町議会の議決を得た[3]。以下、公式HP「学校の紹介」[4]及び「日高町史」の記述による。
- 1947年(昭和22年)4月1日 - 国府村八代村学校組合立府中中学校開校。
- 1948年(昭和23年)
- 1月28日 - 府中中学校八代分校設置。
- 4月1日 - 日高町立日高中学校開校。
- 1952年(昭和27年)4月1日 - 八代分校独立し八代村立八代中学校開校、組合を解消し組合立府中中学校は国府村立府中中学校となる。
- 1955年(昭和30年)3月25日 - 町村合併により府中・八代中は日高町立となる。
- 1965年(昭和40年)4月1日 - 府中・八代・日高の3校を統合し日高町立日高東中学校開校。これは名目上の統合で、3校舎に分かれて授業を行う。
- 1968年(昭和43年)4月8日 - 校舎竣工により、開校式及び入学式を挙行。3校舎を統合し実質統合がなる。
- 1969年(昭和44年)2月18日 - 校歌制定(作詞:校歌制定委員会、作曲:湯山昭)及び育友会寄贈による愛の像建立記念式典挙行。
- 1987年(昭和62年)9月1日 - 校訓制定「自立・友愛・奉仕」。
- 2005年(平成17年)4月1日 - 市町村合併により豊岡市立日高東中学校と改称。
日高地域は少子化による学校小規模化が進行していることから、「豊岡市立小中学校適正規模・適正配置計画」[5]では本校は令和17年度ごろをめどに豊岡市立日高西中学校との統合が計画されている。
通学区域
部活動
著名な出身者
アクセス
- JR山陰本線江原駅から北へ徒歩約15分。
- 北近畿豊岡自動車道日高神鍋高原インターチェンジから国道482号を経由し北東へ車で約5分
