豊田市本多記念民芸の森

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愛称 民芸の森
専門分野 民藝運動
来館者数 21,907人(2022年)[1]
開館 2016年4月
豊田市本多記念民芸の森
施設情報
愛称 民芸の森
専門分野 民藝運動
来館者数 21,907人(2022年)[1]
開館 2016年4月
所在地 470-0331
愛知県豊田市平戸橋町石平60-1
位置 北緯35度06分58.4秒 東経137度11分7.6秒 / 北緯35.116222度 東経137.185444度 / 35.116222; 137.185444座標: 北緯35度06分58.4秒 東経137度11分7.6秒 / 北緯35.116222度 東経137.185444度 / 35.116222; 137.185444
外部リンク 公式サイト
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豊田市本多記念民芸の森(とよたしほんだきねんみんげいのもり)は、愛知県豊田市平戸橋町石平60-1にある野外博物館。2016年(平成28年)から2024年(令和6年)までの名称は豊田市民芸の森(とよたしみんげいのもり)であり、単に民芸の森(みんげいのもり)と呼ばれることもある。実業家で民藝運動の推進者でもある本多静雄邸の跡地にある。

本多静雄の経歴

豊田市は実業家で民藝運動の推進者でもある本多静雄の出身地であり、本多は豊田市名誉市民にも推挙されている。本多は戦後の1946年(昭和21年)に西加茂郡猿投村平戸橋(現・豊田市平戸橋町)に居を構え、民芸品の収集活動や陶磁器の研究などに取り組んだ[2]

民芸の森の一般公開

本多から豊田市に寄贈された民芸品などを元に、1983年(昭和58年)4月には豊田市平戸橋町波岩に豊田市民芸館が開館し、1993年(平成5年)には平戸橋町石平の本多邸跡地が豊田市に寄贈された[2]。2016年(平成28年)4月に豊田市民芸の森が一般公開を開始した。2024年(令和6年)4月、豊田市本多記念民芸の森に改称した。

施設

建築物

田舎家(青隹居)
  • 旧海老名三平宅 - 江戸時代後期竣工[3]木造、萱葺、平屋建[3]挙母藩尾張藩の藩校で剣術師範を務めた4代目海老名三平が居住した[4]。6畳2間、土間、押入のみという小規模な農家建築であり、豊田市花本町から移築された[4]。1995年(平成7年)12月4日、豊田市指定文化財に指定された[3]
  • 田舎家(青隹居) - 江戸時代中期頃竣工[4]。本多静雄がこの地に移築して曲り家に改築した[4]
  • 茶室(松近亭) - 本多静雄がこの地に移築した[4]。名称は本多の両親の名前に因んでいる[4]
  • 狂言舞台 - 本多静雄は狂言を愛好しており、毎年春に各界の著名人を招いて行う「陶器と桜を観る会」ではこの舞台で狂言が上演された[4]
  • 管理棟

その他

陶磁の狛犬
  • 陶磁の狛犬 - 本多静雄は陶製狛犬の収集家や研究者としても知られた[4]
  • インド石仏
  • 中国石仏
  • コンクリート電信柱 - 昭和天皇伊勢神宮参拝の際に建てられた日本最古級のコンクリート製電信柱[4]逓信省に勤務していた本多静雄が工事に関与しており、後にこの地に移築された[4]
  • クヌギ林 - ブナ科クヌギの森。豊田市名木に指定されている[5]
  • 「青隹居」碑
  • 「心偈」碑
  • 馬車宿跡の碑
  • 母屋跡
  • 収蔵庫跡

交通アクセス

脚注

外部リンク

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