豊田泰久
From Wikipedia, the free encyclopedia
1952年広島県福山市に生まれる。両親が音楽が好きで、父親は尺八を、母親は琴をやっていた。父はレコードも収集していて、あるときシューベルトの未完成交響曲のレコードを聴いてみたら、それがあまりにも衝撃的でそこからクラシックの世界にのめり込んでいく。中学に入ってからは吹奏楽部でサクソフォンを吹いていた。高校も吹奏楽部に入り、弦楽部と合同でオーケストラを編成して演奏するとき、サクソフォンのパートがなかったので、オーボエを演奏することもあった。高校卒業後は、プロの音楽家としてやっていくのは無理だろうと思っていたが、音楽に近い職業に就きたいとは思っていた。もともと理数系だったので、そのあたりを兼ね備えた職業として浮かんできたのが音響設計家だった。だが、ホールの音響設計は今以上にマイナーな仕事で当時の豊田はどんな仕事かよく理解していなかったという。[1]
その後、1977年に永田音響設計に入社し、2009年からは米国法人代表。現在は同社ロサンゼルス事務所とパリ事務所の代表を務めている。