貞廣一鑑
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来歴・人物
1963年、広島県生まれ。高校3年時に自衛官の父親のもとから家出をし、飲食業界に入る[1]。勤め先の本社が倒産したことをきっかけに[1]、1993年1月27日創業[3]。経営するア・ルーム・ウィズ・ア・ビュウは広島で複数の店舗を展開し、和食居酒屋「JAPANESE DINER & BAR 茶茶」やビストロ「キャラントサンク」、「café citoron」(カフェ シトロン)などが知られた[1][4]。1999年の頃には「ポジティブ・イーティング」を提唱し、従来の和洋食などの概念にとらわれない、先進的な食生活スタイルを志向した[4]。
2000年に東京進出を果たし、大阪、京都、横浜にも展開[1][5][6]。2002年6月、株式会社ラヴに社名変更[6]。この頃日本テレビで放映されていた「¥マネーの虎」に出演している[1][2][7][注釈 1]。2006年6月1日にはJellyfish.株式会社へ社名変更し[要出典]、さらに2012年8月1日から株式会社商業藝術へ社名変更した[要出典]。単なる外食産業ではなく、映画館だった場所を社交場として「再編集」するなど、「再生文化・リカルチャー」や「対抗文化・カウンターカルチャー」を志向した[1]。
2016年7月、Ray of hope株式会社を設立し、代表取締役に就任[8]。
2017年6月1日、ダイヤモンドダイニンググループが商業藝術の発行済全株式を取得し完全子会社化[9]。同年9月には、ダイヤモンドダイニンググループが持株会社化を行い、商業藝術は株式会社DDホールディングスの連結子会社となる。子会社となった後も貞廣は引き続き同社の代表取締役社長を続投[3]。その後、部長であった吉田啓介氏に後任を打診し、2019年5月に勇退。自身は会長(社外取締役)に就任する。
2020年5月、株式会社Link-U(現・Link-Uグループ株式会社)の社外取締役に就任[10]。
2020年9月1日、新型コロナウイルスの影響により再編を余儀なくされた株式会社DDホールディングスは、連結子会社である株式会社ダイヤモンドダイニング、商業藝術、他3社の合併を行い、合併後は株式会社ダイヤモンドダイニングの名前で存続。商業藝術と他3社は消滅することになった。 貞廣はダイヤモンドダイニングの役員には就任しなかった。