賀陽正憲
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人物
旧皇族の一つである賀陽宮家の出身。父・章憲は三男であったが、父の兄である邦寿、治憲に子がいなかったことから、2011年(平成23年)より、賀陽宮家の嫡流として、宮家の祭祀を継承(第5代)。また、旧皇族全体の構成員の中でも、最も嫡流になる見込みである(昭和22年10月の皇籍離脱直前の皇位継承順位で、賀陽宮家の順位は伏見宮、山階宮に続いており、両宮家は断絶もしくは断絶見込みであるため)。
妻との間に2男がいる[1]。
今上天皇(徳仁親王)の三従兄で同学年にあたり、学習院では学友であった。一時は天皇の妹である清子内親王の結婚相手として取りざたされたこともあった。宮内庁在籍時は、当時皇太子であった親王の即位後は侍従に就任すると噂されたが、長い友人との上下関係ができてしまうことを親王が懸念したため、立ち消えになったといわれている。以降も、天皇とは家族ぐるみの付き合いを続けているといわれている[1]。