贄土師沙弥麻呂 From Wikipedia, the free encyclopedia 贄土師 沙弥麻呂(にえのはじ の さみまろ、生没年不詳)は、奈良時代の官人。名は佐美万里・佐美万呂とも記される。姓は連。官位は外従五位下・大膳少属。 聖武朝の天平17年(745年)4月17日・同年10月17日付の大膳職解に従七位下行少属として署名が残されている[1]。『平城宮木簡』2 - 2094号に民部省の天平勝宝から天平宝字年間(749年 - 765年)の召喚状があり、その中に見える「贄土師佐美万呂」も同一人物と推定される。 史書における記録では、『続日本紀』の淳仁朝の天平宝字7年(763年)正月、村国子老・浄岡広島らとともに正六位上から外従五位下に昇叙されている[2]。藤原仲麻呂の乱の際の動勢は不明である。 官歴 注記のないものは『続日本紀』による。 天平17年(745年)4月17日・10月17日:見従七位下・大膳少属 天平宝字7年(763年)正月9日:外従五位下 脚注 [脚注の使い方] ↑ 『大日本古文書』巻2 - 401頁・465頁 ↑ 『続日本紀』巻第二十四、廃帝 淳仁天皇 天平宝字7年正月9日条 参考文献 『続日本紀』3 新日本古典文学大系14 岩波書店、1992年 宇治谷孟訳『続日本紀(中)』講談社〈講談社学術文庫〉、1992年 『日本古代氏族事典』p357 - 358、【新装版】佐伯有清:編、雄山閣、2015年 『日本古代人名辞典』5 - p1270、竹内理三・山田英雄・平野邦雄編、吉川弘文館、1966年 関連項目 贄土師部 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。表示編集 Related Articles