赤十字の小包
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アメリカ
第一次世界大戦においてオーストラリア赤十字社は合計395,695個の食料小包と36,339個の衣料小包をドイツおよびトルコで捕虜となった同盟国兵士に発送したと記録している。また食料小包はベルギーとフランスの民間人を対象に送られた。
イギリス軍捕虜は赤十字社と聖ヨハネ騎士団の共同戦争組織内のイギリス中央捕虜委員会より食料パックを送られた。
捕虜に対する食料をイギリス政府が供給できない場合にイギリス赤十字社が発送し、食料等が入った小包を各週で発送した。
募金は674,908ポンドにまで達し、合計で5,145,458ポンドが消費され、終戦までに約9,000,000個の食料小包と800,000個の衣料小包が複数の組織からイギリス軍捕虜に向けて発送された。
フランス軍捕虜は委任組織を通じて小包の代金を支払った場合、鶏の丸焼きや複数種類のパテ、瓶入りのワインまで入った小包を受け取ることができ、金銭的に余裕のない捕虜には無料で低質の食料が入った小包をフランス赤十字社とつながりのある「Vetement du Prisonnier」から送られた。
ニュージーランド
ニュージーランド軍捕虜の親族は価格に応じて下記の小包を送ることができた。
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A - 4 シリング
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B - 4シリング
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C - 6 シリング
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D - 傷病兵向け - 6シリング
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捕虜の親族は上記の小包をAとCもしくはBとCで組み合わせて送ることができた。
アメリカは1917年にドイツで収容されているアメリカ軍捕虜に向けて食料小包の発送を開始した。
初期の小包の内容は以下の通り。
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