1932年(昭和7年)、福岡県久留米市に社家ではなく一般家庭に長女として生まれる[1]。家事を手伝いつつも29歳になっても嫁がないさまを見かねた父親が日本橋水天宮で勤めることを勧め、1960年(昭和35年)に上京し、翌年より水天宮に勤務[1]。勤務当初の宮司であった甲斐田有美より神職となることを勧められたが、職員数が少ない中で一か月の休み取らなければならなかったためこれを固辞した[1]。しかし、植田茂宮司時代になると神職数が3人に増え、支援を受けられることを承けて、1978年(昭和53年)に國學院大學に通い始め、神職資格を取得[1]。1981年(昭和56年)に権禰宜を拝命、1991年(平成3年)に禰宜を拝命した[1]。
2001年(平成13年)4月1日、第4代水天宮宮司に就任[1]。日本橋水天宮宮司としては初の女性宮司であり、一般家庭出身の宮司としては、本庁傘下の神社では全国で3人目、都内では初めての事例であった[1]。その後帰幽した[2]。