氷川神社 (東京都港区赤坂) 東京都港区の神社 From Wikipedia, the free encyclopedia 氷川神社(ひかわじんじゃ)は、東京都港区赤坂六丁目にある神社。同区内白金にある白金氷川神社・元麻布にある麻布氷川神社と区別するため、赤坂氷川神社(あかさかひかわじんじゃ)とも称される。旧社格は府社で東京十社の一つ。 所在地 東京都港区赤坂六丁目10番12号[1]位置 北緯35度40分5.64秒 東経139度44分7.85秒主祭神 素盞嗚尊奇稲田姫命大己貴命[1]社格等 准勅祭社・府社概要 氷川神社, 所在地 ...氷川神社 桜門(2010年9月18日撮影)所在地 東京都港区赤坂六丁目10番12号[1]位置 北緯35度40分5.64秒 東経139度44分7.85秒主祭神 素盞嗚尊奇稲田姫命大己貴命[1]社格等 准勅祭社・府社創建 伝・天暦5年(951年)[1]本殿の様式 権現造[2]別名 赤坂氷川神社[1]例祭 9月16日主な神事 四合稲荷祭、末廣稲荷祭、西行稲荷祭、型代流し神事他地図 氷川神社テンプレートを表示閉じる 祭神 素盞嗚尊(すさのおのみこと) 奇稲田姫命(くしいなだひめのみこと) 大己貴命 (おおなむぢのみこと) 由緒 天暦5年(951年)、東国を遊行していた蓮林僧正が霊夢を見て、一ツ木村(現・赤坂4丁目付近)に奉斎したと伝えられる。 承応年間、開発名主である秋元頼母の子孫の秋元小六が氷川神社を再興した。 享保15年(1730年)4月、江戸幕府第8代将軍徳川吉宗の命により、現在地である今井谷に遷された。現在の社殿はこの時に造営されたもので、東京都の有形文化財に指定されている。江戸幕府からの尊信は厚く、遷座直後に吉宗公が参拝し、14代家茂公まで歴代将軍の朱印状が下付された。麻布氷川神社、渋谷氷川神社、簸川神社などとともに江戸七氷川に数えられ、その筆頭とされる[3]。 明治元年(1868年)、准勅祭社に列する。 境内 三の鳥居の手前の参道(2014年8月) 額堂 石燈籠 浅野土佐守邸跡(浅野長矩の夫人 瑤泉院の実家) - 本氷川坂近辺。三次藩の廃藩により幕府に収公され、更地となった[4]。 大イチョウ(港区の天然記念物)[5] 包丁塚 摂末社 四合稲荷神(しあわせいなり):明治31年(1898年)古呂故稲荷(ころこいなり)・地頭稲荷・本氷川稲荷・玉川稲荷の4社を合祀したことに由来。勝海舟が命名。その後、大正14年(1925年)に鈴降稲荷と縁起稲荷を合祀、昭和9年(1934年)に明徳稲荷を合祀。 西行稲荷神(さいぎょういなり):別名「火伏の稲荷」。火災除の御神徳があると言われている。 山口稲荷(やまぐちいなり) 桶新稲荷(おけしんいなり):御祭神 宇迦之御魂(うかのみたまのかみ) 九神社(くじんじゃ):天祖神社・春日神社・鹿島神社・八幡神社・諏訪神社・秋葉神社・厳島神社・金刀比羅神社・塞神社(さいじんじゃ)の9社を合祀。 文化財 氷川神社社殿(東京都指定有形文化財 建造物)[2] 月岡芳年筆 『ま』組火消し絵馬(東京都港区指定有形文化財 絵画)[6] 徳川将軍家朱印状 付目録・条目・写し(東京都港区指定有形文化財 古文書)[6] 御祭礼番附留(東京都港区指定有形文化財 古記録)[6] 石燈籠四基(東京都港区登録有形文化財 歴史資料)[6] 旧紀州家 櫓太鼓(東京都港区登録有形文化財 歴史資料)[6] 祭礼山車行列額絵(東京都港区指定有形民俗文化財)[6] 奉納絵馬七点(東京都港区指定有形民俗文化財)[6] 力石(東京都港区登録有形民俗文化財)[6] 氷川神社のイチョウ(東京都港区指定天然記念物)[6] 年中行事 例大祭での松平健(2016年) 1月 元旦 - 歳日祭 上旬 - 初詣巡拝バス 上旬 - 成人祭 2月 3日 - 節分祭 午の日 - 初午祭 11日 - 紀元祭 17日 - 祈年祭 4月 15日 - 四合稲荷祭 下旬 - 末廣稲荷祭 5月 5日 - 子供の日の祭り 中旬 - 御田植祭 下旬 - 西行稲荷祭 6月 30日 - 大祓式(夏越の祓) 7月 上旬 - 型代流し神事 9月 13日 - 清祓式 14日 - 前日祭 15日 - 例大祭 10月 上旬土曜 - 包丁塚祭 中旬 - 抜穂祭 11月 3日 - 文化の日の祭 15日 - 七五三祝祭 23日 - 新嘗祭 12月 23日 - 天長節 31日 - 大祓式(年越の祓) 31日 - 除夜祭 月次祭 1日、15日 氏子地域 港区元赤坂一・二丁目 全域 赤坂一 - 九丁目 全域 六本木一丁目1~3・5~10(各一部) 六本木三丁目2~7・15 六本木四丁目1・2(各一部) 虎ノ門一丁目1 ギャラリー 公道より参道を見る(2010年9月18日撮影) 参道より一の鳥居を見る(2010年9月18日撮影) 参道より三の鳥居を見る(2010年9月18日撮影) 桜門より本殿を見る(2010年9月18日撮影) 本殿を見る(2010年9月18日撮影) 赤坂氷川山車(2010年9月18日撮影) 赤坂氷川山車(2010年9月18日撮影) 赤坂氷川山車の巡行の準備(2010年9月18日撮影) 赤坂氷川山車の巡行(2010年9月18日撮影) 赤坂氷川山車の巡行(2010年9月18日撮影) 所在地・交通 東京都港区赤坂6-10-12 赤坂通りの南側、六本木通りの北側に位置する。 千代田線 赤坂駅6番出口から徒歩8分 日比谷線、大江戸線 六本木駅7番出口から徒歩8分 南北線 六本木一丁目駅 銀座線 溜池山王駅12番出口 脚注 [脚注の使い方] [1]東京都神社庁 [2]東京都文化財情報データベース. [3]“赤坂 氷川神社”. tokyo.mytabi.net. 2026年5月22日閲覧。 [4]三次藩邸が「南部坂」にあったとする説は、講談「南部坂雪の別れ」や人形浄瑠璃・歌舞伎「忠臣蔵」などの創作・脚色である。南部坂には笠間藩の藩邸があった(『寛文江戸絵図』南部坂に「浅野采女」と記載)。 [5]氷川神社の大イチョウ 港区立郷土歴史館 [6]港区立郷土歴史館. 参考文献 滝口正哉 編『赤坂氷川神社の歴史と文化』赤坂氷川神社、都市出版 (発売)、2016年9月。ISBN 9784901783569。 NCID BB22711659。 “氷川神社【赤坂氷川神社】”. 東京都神社庁. 2020年7月4日閲覧。 “氷川神社社殿”. 東京都文化財情報データベース. 2022年5月24日閲覧。 “港区文化財総合目録登録一覧”. 港区立郷土歴史館. 2020年6月4日閲覧。 関連文献 斎藤長秋 編「巻之三 天璣之部 赤坂氷川社」『江戸名所図会』 2巻、有朋堂書店〈有朋堂文庫〉、1927年、139-142頁。NDLJP:1174144/74。 関連項目 ウィキメディア・コモンズには、氷川神社 (東京都港区赤坂)に関連するメディアがあります。 南部坂 - 以前は南部家や浅野家の屋敷があった。 勝海舟 - 1872年より亡くなる1899年までこの神社のそばに寓居しており、その縁で「氷川翁」、(大言癖から)「氷川の大法螺吹き」などと呼ばれた。『氷川清話』という海舟の語録もある。またこの神社に遷座した古呂故(ころこ)稲荷、地頭(じぬし)稲荷、本氷川(もとひかわ)稲荷、玉川(たまがわ)稲荷を合わせて「四合(しあわせ)稲荷」と名付けたのも海舟である。 幕末の三舟 - 勝海舟、高橋泥舟、山岡鉄舟がそれぞれ「氷川神社」と認めた掛け軸が所蔵されている。 氷川きよし - 芸名の「氷川」はこの神社に由来。 櫻井よしこ - 境内に住む。 外部リンク 赤坂氷川神社さらに見る 東京十社(准勅祭社), 社名 ... 東京十社(准勅祭社) 社名主祭神鎮座地(東京都)近代別表 根津神社(根津権現)須佐之男命大山咋命誉田別命大国主命菅原道真公文京区根津府社 芝大神宮(芝神明宮、飯倉神明宮)天照皇大御神豊受大御神港区芝大門府社 神田明神(神田神社)大己貴命少彦名命平将門神千代田区外神田府社別表 日枝神社(山王権現、麹町山王)大山咋神千代田区永田町官幣大社別表 亀戸天神社(東宰府、亀戸天満宮)天満大神天菩日命江東区亀戸府社 白山神社菊理姫命伊弉諾命伊弉冉命文京区白山郷社 品川神社天比理乃咩命素盞嗚尊宇賀之売命品川区北品川郷社 富岡八幡宮(深川八幡)品陀和気命江東区富岡府社 王子神社(王子権現)伊弉諾命伊弉冉命天照大御神速玉之男命事解之男命北区王子本町郷社 氷川神社(赤坂氷川神社)素盞鳴尊奇稲田姫命大己貴命港区赤坂府社 閉じるこの項目は、神道に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル 神道/ウィキプロジェクト 神道)。表示編集 Related Articles