赤崎兼義
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宮崎県西諸県郡加久藤村(現・えびの市)にて生誕[1]。鹿児島県立第二鹿児島中学校 (旧制)を経て、1923年3月に第七高等学校造士館 (旧制)理科乙類を卒業[3]。1927年3月東京帝国大学医学部医学科を卒業し、9月20日より同医学部病理学教室嘱託[4]。1931年4月同大学院入学特選給費生に選定され、1934年9月に医学博士の学位を取得し大学院退学[5][1][4]。同年10月13日に新潟医科大学 (旧制)助教授となる[4]。1935年1月29日より2年間ドイツに病理学研究の留学をし、1937年3月26日に帰国[4]。同年4月、新潟医科大学教授となる[1][4]。同大学付属図書館長も歴任[4]。戦後学制改革により所属する新潟医科大学が新潟大学医学部に移行し、引き続き教授を務める。1954年7月に東北大学医学部教授に転任[1][4]。1957年6月17日から7月21日の約1ヶ月間、オーストリア、西ドイツ、イギリス、ベルギーへ遊学出張し、6月24日にフライブルク大学よりドイツの名誉医学博士号を授与される[4]。1961年2月12日から4年間、東北大学評議員を併任[4]。1965年3月、東北大学教授を退官して名誉教授となる[1][4]。退官後は愛知県がんセンター研究所初代所長を務め、1979年に退職して名誉所長となる[1]。