赤田瑳一
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摂津国東成郡天王寺村[7](現・大阪府大阪市[4])で代々農業を営む家に生まれる[7]。赤田太兵衛の長男[3][6]。2歳で父を亡くし、母の手で育てられた[7]。
その後、河内国高安郡(現・大阪府八尾市)の叔父の元に移り17歳まで過ごした[7]。八尾町の田中祐篤の塾生となり国史・漢籍を学ぶ[7]。のち塾を脱し伊予の松山に赴き同地の豫章館に入り、国史・漢籍を修める[7]。病気となり帰阪して療養の傍ら家政を整理する[7]。
天王寺村の戸長・橋本善右衛門が赤田を迎え、役場用掛とする[7]。天王寺村長、大阪市会議員、同参事会員などを歴任した[4]。
1920年(大正9年)5月、第14回衆議院議員総選挙(大阪府第4区、立憲政友会)で当選し[8]、その後、政友本党に所属し衆議院議員に1期在任した[2]。
