赤穂城 (1952年の映画)
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仇討ちや復讐劇を封建的なものとして禁じてきたGHQの方針を受けて自粛が続けられてきた"忠臣蔵もの"の、外伝や義士銘々伝ではない本流の本格的作品としては、これが戦後最初のものである[1]。
戦前の新興キネマの娯楽路線と、戦時中の国策映画会社満州映画協会の人脈とを引き継ぎ、片岡千恵蔵、市川右太衛門、月形龍之介といった戦前からの時代劇スターを擁していた戦後の新興映画会社=東映が、サンフランシスコ講和条約の発効(1952年4月28日)による占領政策の終結、日本の独立のタイミングで、占領期間中を通じて自粛されてきた"忠臣蔵もの"の復活と、時代劇を柱としていく自社の方針を高らかに宣言した作品、と見ることができる[2]。