越前市島会館
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| 越前市島会館 | |
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| 情報 | |
| 旧名称 | 粟田部町立花筐文庫 |
| 用途 | コミュニティセンター |
| 旧用途 | 図書館 |
| 設計者 | 今藤仁三郎(今藤工務店)[1] |
| 施工 | 上木組[1] |
| 構造形式 | 鉄筋コンクリート造[1] |
| 階数 | 2階建[1] |
| 竣工 | 1936年5月 |
| 所在地 |
〒915-0242 福井県越前市粟田部町第22号21番地の1 |
| 座標 | 北緯35度55分02.9秒 東経136度14分10.8秒 / 北緯35.917472度 東経136.236333度座標: 北緯35度55分02.9秒 東経136度14分10.8秒 / 北緯35.917472度 東経136.236333度 |
| 文化財 | なし |
越前市島会館(えちぜんししまかいかん)は、福井県越前市粟田部町第22号21番地の1にある建築物。
1936年(昭和11年)5月に実業家の嶋連太郎(島連太郎)によって建設された[1]。粟田部町立花筐文庫(あわたべちょうりつかきょうぶんこ)、今立町立花筐文庫(いまだてちょうりつかきょうぶんこ)という名称で図書館として使用された。1983年(昭和58年)以後はコミュニティセンターとして使用され、2005年(平成17年)の越前市の発足とともに現在の名称となった。
東京で印刷会社の三秀舎を創業した実業家の嶋連太郎(島連太郎)は今立郡粟田部村出身である[1][2]。1936年(昭和11年)5月、島は図書館の建物を建設して粟田部町に寄贈し[2]、粟田部町立花筐文庫が開館した。粟田部町の規模を考えると、モダンな粟田部町立花筐文庫は画期的な建物だったとされる[1]。1908年(明治41年)には福井県7番目の図書館として花筐図書館が設置されており、設置当初は公立図書館ではなく私立図書館だった[1]。
粟田部町は1956年(昭和31年)に今立町に改称したため、粟田部町立花筐文庫から今立町立花筐文庫に改称した。1972年(昭和47年)9月には今立町福祉センターが開館し、センター内に今立町立花筐図書館分館が設置されたため、今立町立花筐図書館本館(粟田部島会館)は事実上の閉館となっている。
1983年(昭和58年)には新しい今立町立図書館が開館したため、花筐文庫は粟田部島会館および粟田部協議会に改称され、粟田部地区のコミュニティセンターや今立町役場の保管庫となった[1]。この建物は十分な活用がなされないまま数十年を経ており、2005年(平成17年)に今立町と武生市が合併して越前市となると、月額33万円の賃借料が問題となった[3]。越前市は寄贈者の名前をとって越前市島会館に改称している。