趙金鈴 From Wikipedia, the free encyclopedia 趙 金鈴(ちょう きんれい、1123年 - ?)は、北宋の徽宗の第33皇女(夭逝を除いて第22皇女)。 経歴 純福帝姫の位を授けられた。 靖康の変後、純福帝姫は金に連行された。洗衣院で育てられ、成長後、完顔設野馬(完顔宗翰の長男、金鈴の異母姉の趙富金の後夫)により、翻訳官の王成棣[1]と結婚させられた。 ただし洗衣院という施設名称および洗衣院関連の話は、野史『靖康稗史』にのみ登場する話であり、洗衣院がそもそも正史である『宋史』には登場しない上に、『靖康稗史』は近年の研究により、その信憑性が疑われている。 『三朝北盟会編』(紹熙5年(1194年)完成)によると、同書の頃まで金で健在であったという。 伝記資料 『靖康稗史箋證』 『宋会要輯稿』 『三朝北盟会編』 脚注 [1]完顔設野馬の従軍翻訳官。『青宮訳語』(『靖康稗史箋證』の一部)の作者とされている。 Related Articles~TimelinesTop QsFact Checks