軍管区司令部
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軍管区は陸軍の管区の最上位として、1940年に設けられた地域区分である。防空などの後方警備と、徴兵・動員の事務のために、日本の内地を数個に分け、北部軍司令部、東部軍司令部などの軍司令部を置いて管掌させた。
第2次世界大戦末期の1945年(昭和20年)1月、連合軍が日本本土に上陸する可能性が増してきた段階で、陸軍は作戦にかかわる組織から地域防衛・管区業務にかかわる組織を分離することを検討しはじめた[1]。前者を方面軍、後者を軍管区部隊にまとめることとし、1月22日に方面軍司令部と軍管区司令部の臨時編成にとりかかった[2]。軍管区内の動員など、地域行政にかかわる業務は、すべて軍管区司令部が引き継いだ。法令上は、1945年2月9日制定(10日公布、11日施行)の軍令陸第2号による防衛総司令部以下6軍令の改定で、軍司令部令を軍管区司令部令に改称し、用語を変更することで済ませた[3]。
分離とは言っても、軍管区司令官は方面軍司令官が兼務し、参謀長以下も同様で、人事面ではほとんどが重なっていた[4]。司令部内には一部に軍管区の仕事にだけ従事する要員もいたが、このレベルで作戦と地域行政は分離していなかった。軍管区の一つ下、師管区のレベルで、師管区司令部が地域向けの動員・行政を一手に引き受ける仕組みが作られた[5]。
軍管区司令部は、従来の軍司令部の組織人員をほぼそのまま引き継いで発足した。同時に新設した東北軍管区のためには、千島列島の防衛についていた第27軍を解いて司令部だけ本州に移し、第11方面軍司令部兼東北軍管区司令部にした[6]。
同じ司令部が二つの顔を持っていたわけだが、軍事的観点からすると、師団などの作戦部隊を指揮する方面軍のほうが重要である。しかし報道機関への窓口となり、地域防衛を束ね、空襲警報を発令するのは軍管区司令部であったから、国民にとって軍管区司令部は目立つ存在であった。