先代・辰馬半右衛門の二男[3][4][6]。1892年、家督を相続し、前名・發蔵を改め襲名した[4]。清酒醸造業や、鉱山海運業を営んだ[5][6][注 3]。
1887年、西宮の辰馬家当主辰馬吉左衛門と「有限責任盛航会社」を設立した[15][9]。
1902年、摂津航業を買収して「辰馬商会」と改称した[3][6]。
1905年、阪神電気鉄道が開通すると地元の武庫川堤約7千坪を開墾して翌1906年に百花園[注 4]を開設、日本摂酒監査役に就任した[9]。頭取に就任した京都貿易銀行は「京都通商銀行」と改称、1921年4月休業破産、1930年4月、任意解散が認可された[9]。