農村計画
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学術上の明確な定義や概念は確立しておらず、都市工学や農業土木などの研究分野、また、行政サイド・住民サイドのいずれから捉えるかでも異なってくる[1][2]。国土計画の体系の中で都市的地域の地域計画の対置としての郊外・村落の地域計画と位置付けることもあれば、史的検証の視点から封建体制下での農地開発や農民管理のための計画を含めることもある[1][3]。
日本の学問分野としては、1898年にエベネザー・ハワードが提唱した田園都市論を端緒として都市計画理論とともに発展した経緯があり、1910年代から農村計画の用語が使われ始めている[3]。都市問題の対処としての土地利用規制から派生して農村計画の概念が確立した国もあれば、自然資源や景観・景勝の保全からの議論が活発化したアメリカ合衆国や、人口の大部分を占める農村部の住民の生活水準の向上を目的とした地域開発計画としての性質を持つ中華人民共和国の新農村運動など、農村計画を研究・立案する目的も国・地域によって異なる[4][5]。
日本の農村計画
古代の条里制に始まり、織田信長の治水対策など、農村計画ともいえる施策は近代以前から行われてきたが、学術上・行政上の用語として農村計画が使われ始めたのは1910年代以降からである[1][3]。エベネザー・ハワードが提唱した「Garden City」を「田園都市」と訳した翻訳書が1907年に発表された後、近代的な都市計画の概念が芽生え、1919年に旧都市計画法が成立したのと同時期に都市的地域の計画の対比としての農村計画という用語が使われ始める[1][3]。また、昭和農業恐慌への対処として1932年から始まった農山漁村経済更生運動の中で町村を主体とする経済更生計画が作成される[3][6]。同計画は、土地利用の合理化から、農産物の生産方法・経営組織の在り方、住民の教育方針まで定める総合計画といえるものだった[6]。
第二次世界大戦の終戦後、1961年に農業基本法が成立し、新たな農政の枠組みが作られるとともに農村計画の議論も活発化し、1982年には農村計画学会が設立する[3]。農村計画に関する包括的な法令の定めはないが、1969年に成立した農業振興地域の整備に関する法律に基づく農業振興地域整備計画などの制度がある[3][7]。
出典
- 1 2 3 4 谷野陽『国土と農村の計画:その史的展開』農林統計協会、1994年、350-374頁。doi:10.11501/13075764。
- ↑ 農業土木学会 編『農村計画の手引き』農業土木学会、1975年、381-390頁。doi:10.11501/12287864。
- 1 2 3 4 5 6 7 農村計画学会 編『農村計画学への道』農林統計協会、1993年、1-11頁。doi:10.11501/13075762。
- ↑ 後藤淳子 (1988). “アメリカに農村計画はあるのか:その歴史的過程”. 農業土木学会誌 (農業土木学会) 56 (1): 41-46. doi:10.11408/jjsidre1965.56.41.
- ↑ 星野敏; 烏日図 (2007). “中国における「社会主義新農村建設」の展開とその問題:農民の受け皿組織としての理事会に注目して−”. 農村計画学会誌 (農村計画学会) 26 (4): 427-433. doi:10.2750/arp.26.427.
- 1 2 『農林水産省百年史 中巻 (大正・昭和戦前編)』「農林水産省百年史」刊行会、1980年、213-224頁。doi:10.11501/11945195。
- ↑ “農業振興地域制度の概要”. 農林水産省. 農林水産省. 2025年10月1日閲覧。
| 典拠管理データベース: 国立図書館 |
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