1924年10月22日、大阪市にて生まれた[1]。1943年9月に旧制大阪高等学校を卒業後、東京帝国大学理学部化学科に進学し、水島三一郎の研究室で分子分光学の研究を行った[2]。1950年9月に同大学を卒業し、同年10月に東北大学金属材料研究所の助手に着任した[2]。1953年11月から1955年11月まで、フランスのCNRS Bellevue研究所に留学した[1]。
東北大での研究初期には、ベンゼンなどの有機固体結晶の紫外吸収スペクトル測定を行い、フランスでは遷移金属錯体の線状吸収スペクトルについて研究した[2]。帰国後、東北大学金属材料研究所には日本で最初のヘリウム液化装置が導入され、さらに強磁場発生装置も整備されたことから、これらを用いて菅野暁とともにルビーの線状吸収スペクトルを配位子場理論に基づいて詳細に解析した[1][2][3]。この研究により、1959年に東北大学から理学博士の学位を取得し、同年には東北大学の講師に、翌1960年には助教授に昇任した[1][2]。
1963年12月に京都大学理学部の教授に転任し、分光化学講座を開講した[1][2]。1968年から1970年まで東北大学金属材料研究所の教授を、また1977年から1979年まで分子科学研究所の教授を併任した[1]。1988年に京都大学を定年退官し、名誉教授となった[1]。2007年4月19日に逝去した[1][2]。死没日を以って、正四位に叙された[4]。