北海道大学大学院博士課程中退[2]。
陰謀論というものは、容易に飲み込めない出来事を何者かの計画によるものであるとして世界を理解しようとする営みであるとする。近代合理主義が進展するに伴い、かつては宗教が担っていた役割を陰謀論が肩代わりすることで陰謀論が成長してきたとする[3]。
陰謀論というのは、現実と世の中はこうであるべきとの認識のギャップを、自分で理解するのに都合の良いように埋めるような解釈体系とする。公式で言われていることに納得できずに拒絶して、自分ではなく世界が間違っていると考えているとする。そして陰謀で全てを説明しようとしているとする[4]。
陰謀論を唱える者というのは、それを否定する証拠というのは捏造であると否定するために、陰謀論への反駁というのは全てが不当なものにされているとする。これはある種の無謬性であり、この無謬性が陰謀論を論破することを不可能にしているとする。陰謀論を否定することで、陰謀論を更に強固にしているともする[5]。