近江カントリー倶楽部

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所在地 日本の旗 日本
滋賀県湖南市菩提寺1410番地
開業 1967年昭和42年)10月15日
運営 メンバーシップコース
設計 上西 荘三郎
近江カントリー倶楽部
Omi Country Club
近江カントリー倶楽部
近江カントリー倶楽部の空中写真。
2010年4月28日撮影。
国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成。
所在地 日本の旗 日本
滋賀県湖南市菩提寺1410番地
座標: 北緯35度2分6.9秒 東経136度4分25.11秒 / 北緯35.035250度 東経136.0736417度 / 35.035250; 136.0736417
概要
開業 1967年昭和42年)10月15日
運営 メンバーシップコース
設計 上西 荘三郎
運営者 近江興産株式会社
トーナメント ・1986年 第19回 日本女子オープンゴルフ選手権競技大会
コース

OUT IN
HOLEPARYARDHOLEPARYARD
1 4398 1 4377
2 4417 2 4430
3 3159 3 3208
4 4416 4 4391
5 5512 5 4337
6 3186 6 3180
7 5566 7 4408
8 4410 8 5506
9 4418 9 5481
363482 363318

その他
公式サイト 近江カントリー倶楽部
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近江カントリー倶楽部(おうみカントリーくらぶ)は、 滋賀県湖南市菩提寺に広がるゴルフ場である。

繊維問屋芝川商店の平田義太郎の許に、1963年昭和38年)、滋賀県甲西町に、近江富士を眺めるなだらかな丘陵地がある、ゴルフ場にどうかという情報が入った[1]。持ち込んだのは「能勢カントリー倶楽部」(兵庫県、1960年(昭和35年)開場、設計・上西荘三郎)の社長でありコース設計家・上西荘三郎だった[1]。上西は、能勢カントリー倶楽部の用地不足で工事が足踏みしていた、その時、隣接の所有者である平田義太郎が協力して、その縁で平田は能勢カントリー倶楽部の理事長に就任した[1]

滋賀県甲西町のゴルフ場用地は、幾つかの池と樹齢100年ほどの老が散在する土地だった[1]。近江富士(三上山)を望む、標高435メートルのなだらかな山姿が美しい[1]。平田は初めはためらったが、周囲の勧めと地形をみて、これは良いコースができると決断した[1]1966年(昭和41年)9月、新たなゴルフ場建設に向け母体会社「近江興産株式会社」を設立、社長に平田義太郎が就任した[1]

1966年(昭和41年)、平田は進行性のを患っていることが判明した、コース予定地の買収が残っていたが、手術を拒否して着工した[1]。上西は、6カ月間、現場に泊まり込みで工事監督に当たった[1]1967年昭和42年)10月15日、18ホールのゴルフ場が完成、開場の日、平田は最後の華と語った[1]。2年後の昭和69年(昭和44年)7月、平田は最後の華を見届けるかのように永眠した[1]

コースは、起伏の少ないなだらかなコースから、近江富士を望みながらゴルフを楽しむことが出来る丘陵コースである[2][3]。コースの特徴としては、アウトコースはロングショットが楽しめる距離のあるコース、インコースは正確な繊細なショットが要求される距離の長いミドルコースとなっていることである[2][3]

日本の女子プロゴルフメジャー大会の1つ、日本ゴルフ協会主催競技でもあり、日本選手権大会に相当する、日本女子オープンゴルフ選手権競技大会などの大会開催の実績がある。

所在地

〒520-3242 滋賀県湖南市菩提寺1410番地

コース情報

  • 開場日 - 1967年10月15日
  • 設計者 - 上西 荘三郎
  • 面積 - 730,000m2(約22.0万坪)
  • コースタイプ - 丘陵コース
  • コース - 18ホールズ、パー72、6,800ヤード、コースレート73.1
  • グリーン - 1グリーン、ベント
  • フェアウエイ - コーライ
  • ラフ - ノシバ
  • ハザード - バンカーの64、池が絡むホール6
  • プレースタイル - 乗用カート(5人乗り) 、リモコン式、キャディ・セルフ選択可 
  • 練習場 - 16打席 330ヤード
  • 休場日 - 12月31日、1月1日[4][5]

クラブ情報

ギャラリー

交通アクセス

メジャー選手権

エピソード

脚注

関連文献

関連項目

外部リンク

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