近藤圭子
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7歳よりキングレコード専属作曲家であった山本雅之に師事し、1951年、「仔豚のラッパ」でデビュー[2]。1954年にキングレコード専属となり、のちに音楽文化研究家となる長田暁二が担当ディレクターに就き、過去の名作童謡の再レコーディングを行った[2]。
1954年、テレビの連続ドラマ『星を見つめて』『私のお母さん』の主演をつとめ、日本テレビの専属タレント第一号となった[4]。
その後、童謡歌手の中でもルックスが重要視され、「八頭身美人」として人気となり、雑誌『明星』などのグラビアに美空ひばり、中村錦之助、三橋美智也などのスターに並んで毎号登場するようになり、ブロマイドの売れ行きも好調であった[2]。1961年の雑誌『少女』でのスター人気投票では5位を獲得した[3]。
1961年の高校卒業と前後して作曲家の飯田三郎に師事し歌謡曲を学び、童謡歌手からの脱皮を図る[2]。1962年の新聞のインタビュー記事では、前年にリリースした「白い花の思い出」の宣材用写真を気に入った一枚として挙げ、成長をアピールする半面で「大人になるのが怖い」と本音を述べている[5]。
妻子ある男性と心中未遂事件をおこし、1965年に芸能界を引退した[2]。

