清末の1908年(光緒34年)8月、清朝により通北県が設置される。中華民国が成立すると県制が廃止され、1912年9月に海倫府通北稽墾局が設置され開墾事業に従事した。1915年5月14日、通北稽墾局は通北設治局と改編され綏蘭道の管轄とされた。1917年1月1日、通北設治局は三等県の通化県に改編された。
満州国が成立すると当初は黒竜江省の管轄とされたが、1934年12月に竜江省、更に1939年6月には新設された北安省の管轄とされた。
満州国崩壊後は黒竜江省に移管され、1946年4には拝泉県石泉区が通北県に移管されると同時に県政府も通興鎮(後に通北鎮と改称)に移転された。1956年3月6日、通北県の廃止が決定され、北安県に編入されている。
1982年12月18日、北安市設置の際に通北県の再設置が決定されたが、黒竜江省の反対により1983年4月28日に設置決定が撤回されている。
| 中国地名の変遷 |
| 建置 |
1915年 |
| 使用状況 |
1983年廃止 |
| 中華民国 | 通北設治局 通北県(1917年) |
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| 満洲国 | 通北県 |
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| 国共内戦期間 | 通北県 |
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| 現代 | 通北県 北安県(1956年 編入) 通北県(1982年 再設置) 廃止(1983年) |