通源寺 (瑞浪市)
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位置
北緯35度21分28秒 東経137度14分6秒 / 北緯35.35778度 東経137.23500度座標: 北緯35度21分28秒 東経137度14分6秒 / 北緯35.35778度 東経137.23500度
山号
大悲山
宗派
臨済宗妙心寺派(東海門派)
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| 所在地 | 岐阜県瑞浪市西小田町2-2 |
| 位置 | 北緯35度21分28秒 東経137度14分6秒 / 北緯35.35778度 東経137.23500度座標: 北緯35度21分28秒 東経137度14分6秒 / 北緯35.35778度 東経137.23500度 |
| 山号 | 大悲山 |
| 宗派 | 臨済宗妙心寺派(東海門派) |
| 本尊 | 聖観世音菩薩 |
| 創建年 | 正保3年(1646年) |
| 開山 | 一岩恵超 |
| 札所等 | 美濃瑞浪三十三観音霊場二十三番 |
| 法人番号 | 5200005008575 |
応永20年(1413年)8月、石見国の正善という廻国行人[1]によって万場という場所に万場観音(辻観音御堂)として草庵が結ばれたが始まりと伝わる[2]が、以降の詳細は不明である。
正保3年(1646年)8月[3]、加茂郡蜂屋村[4]にある瑞林寺の法弟で、比久見村[5]にある妙楽寺五世の「絶心」の弟子の一岩恵超が、東海門派の寺院として再創し、下組集落を檀家として大悲山 通源寺に寺号を改めた。
明和5年(1768年)[6]4月、五世の鰲潭の代に、同村字紺屋原の現在地に移転建立した。
明和8年(1771年)下石村の林清次右衛門から梵鐘を寄進された。
明治24年(1891年)、通源寺が管理していた高松観音(馬頭観世音)を正宗寺の管理下に渡した。
明治43年(1910年)、大本山妙心寺へ寺籍調査表を提出し、宗派図に記載された。
当寺は臨済宗の大本山の一つの妙心寺の末寺で、妙心寺派系下である東海門派系下の仁済門派であり、
本尊は聖観世音菩薩と古書に見られるが、いつの頃からか釈迦牟尼仏が本尊となっている。
本堂は、寺院としては珍しく北向きに建てられている。