以下、主にThomas J. Shahanの"Catholic Encyclopedia"における叙述による。
最古のギリシア語による連鎖註解書は、6世紀前半のガザのプロコピオスによるものとされている。7~10世紀の間、助祭アンドレアス(Andreas Presbyter)とヨハネス・ドルンガリウス(Johannes Drungarius)が、カテナを編纂した記録が残る。11世紀末、ヘラクレアのニケタス(Nicetas of Heraclea)も多くの連鎖註解書を著している。しかし、その前後においても、ギリシャ東方世界には連鎖註解書の編纂者が数多く存在し、その殆どは匿名である。その抜粋が収められた写本以外に、連鎖註解書著者の人物像を示すものは何も残されていない。
同様の編纂は、シリア教会やコプト教会においても行われた。
西方では、6世紀にアドルメンタムのプリマシウス(Primasius of Hadrumetum)が、ラテン語による初のカテナを編纂した。彼に倣って、ラバヌス・マウルス(Rhabanus Maurus、865年没)、パスカシウス・ラドベルトゥス(Paschasius Radbertus)、ヴァラフリド・ストラボ(Walafrid Strabo)が、後にオセールのレミギウス( Remigius of Auxerre、900年没)、カンタベリーのランフランク(Lanfranc of Canterbury、1089年没)が同様の編纂作業を行った。
総じて、東方と比較すると、西方ではカテナはそれほど重要視されてこなかったと言える。
この種の中世期のラテン語中で最も有名なのは、トマス・アクィナスによる連鎖註解書である。一般に『カテナ・アウレア』(『黄金鎖』)として知られる。