那彦図 From Wikipedia, the free encyclopedia 出生: 1873年(清同治12年)死去: 1938年(民国27年)4月 中華民国出身地: 外モンゴル・ハルハ職業: 政治家那彦図 プロフィール出生: 1873年(清同治12年)死去: 1938年(民国27年)4月 中華民国出身地: 外モンゴル・ハルハ職業: 政治家各種表記繁体字: 那彥圖簡体字: 那彦图拼音: Nàyàntúラテン字: Na-Yen-t'u和名表記: なげんと発音転記: ナーイエントゥーテンプレートを表示 那彦図(ナヤントゥ、Nayantu)は清末民初の政治家。モンゴル族でありモンゴル・ハルハ薩親王を世襲した。 1893年(光緒19年)、鑲白旗都統兼領侍衛内大臣となる。1898年(光緒24年)、正紅旗都統に移る。1903年(光緒29年)、鑲黄旗都統に転じた。1908年(光緒34年)、健鋭営都統になる。1912年(民国元年)、烏里雅蘇台将軍に昇進した。 中華民国成立後は政党活動に加わり、共和党・進歩党で理事となった。1913年(民国2年)、政治会議議員となる。翌年、参政院参政となった。同年9月、綏威将軍の位を授与されている。1917年(民国6年)、臨時参議院副議長となる。後に、満州鑲黄都統に復帰した。1925年(民国14年)、善後会議会員となる。1934年(民国23年)3月、蒙古地方自治政務委員会委員となった。 1938年(民国27年)4月、死去。享年66。 参考文献 徐友春主編『民国人物大辞典 増訂版』河北人民出版社、2007年。ISBN 978-7-202-03014-1。 謝彬『民国政党史』1924年(中華書局版、2007年、ISBN 978-7-101-05531-3) この項目は、政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。表示編集 この項目は、中国の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:中国/P:歴史/P:歴史学/PJ中国史)。表示編集 Related Articles